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2014潮岬 W800のアーカイブ

W800で潮岬へゆく(3)──古座・那智勝浦・芦浜原発計画地、そして帰途に

前回までは潮岬への往路について記した。今回は復路である。トラックデータはこちら。

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夜中に二度目が覚めた。最初はまだ日付が変わる前。お手洗いにでると、満天の星空だった。つぎは0300ごろ、酔っぱらったのか、複数人がなにやら大声で叫んでいた。迷惑な話である。

0430、iPhoneにセットしたタイマーで目が覚めた。クリームパン一個で簡単な朝食とした。結果的に、この日の食事は帰宅するまで、これだけとなった。

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テントを撤収していると、中学生くらいの男の子が来て、隣に座り込み、ケータイをいじりはじめた。しばらくすると母親らしきひとがあらわれ、ここが開くならつかわせてもらっていいかという。昨晩テントを張った場所は風が強くて大変だったのだという。

W800に荷物を積んでいると、スーパーカブ110PROに乗ったおじいさんがやってきた。地元串本町ナンバーである。くるっと右まわりにUターンして停車したのだが、そのターンの仕方が目を惹いた。腰を左に落として、きわめてコンパクトに右旋回してみせるのである。ぼくが感心して見ていると、おじいさんが話しかけてきた。若いころトライアルをやっていたことがあるのだそうだ。

おじいさんは、ぼくのWを見るなり、カワサキか? と訊く。若いころ右チェンジのWに乗っていたのだという。だとすれば、W1もしくはW1Sだろう。

近所に住んでいて、この望桜の芝の管理もしているのだそうだ。埼玉にお子さん一家がおり、年に三回でかけてゆく、この5月も孫の運動会で行く予定だという。ぼくが、このカブで行かれるのですかと訊ねると、車でだ、と叱られた。

隣には宇都宮ナンバーのハーレーが停まっていた。ハーレーについてはほとんど知識がないので詳しい車種はわからない。後部に、米軍払いさげの防水ボックスに荷物を積載しているのが目にとまった。ボックスのベースは鉄板で、自作ではないかとおもわれた。ライダーの男性によれば、宇都宮から下道で四国まで行き、その帰り道なのだという。先日の大雨のなかも、びしょ濡れになりながら走っていましたよと笑っていた。

0640に出発した。

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串本市内を抜け、橋杭岩の道の駅に寄ってみた。車中泊の車がずらりと停まり、家族づれが朝食中だった。

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紀伊田原でR42をはずれ、荒船リゾートの前の道を、海沿いに入ってゆく。車一台分の幅員しかない。岩場の海岸沿いの道は、ときどき波しぶきをかぶりそうなくらい、海に近い。

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その部分のトラックデータをGoogleEarth上に展開した図がこれ。右上に盲腸のように行き止まりの軌跡があるのが、この道である。なお左下が出発地点の潮岬である。

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この奧にかけて、二つの原発が計画され、地元の反対にあい、最終的に中止されている。手前に古座原発、その奧に那智勝浦原発である。

あらふねリゾートのキャンプ場をすぎると、一箇所に数軒の人家があり、漁の準備をしていた。その先は、ただ海岸があるだけである。

素掘りのトンネルがあった。二箇所である。

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4kmほどすすんだところで、行き止まりになっていた。おどろいたことに、小型の乗用車が一台、停まっていた。釣り人であろうか。

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「鬼宿」と記された札がたっていた。

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詳しい情報がないのでよくわからないが、おそらく那智勝浦原発の計画地がこのさらに先にあたるのではないかとおもわれる。

来た道を戻る。

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R42に復帰した。新宮市内で、Wのオドメーターが10000kmを示した。記念写真を撮る。

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熊野から尾鷲までは高規格の新道ができているが、旧道のほうを走る。こちらも十分整備が行き届いていた。

紀伊長島からR260に入る。ひと山越えると、眼下に見えるのが錦漁港だ。そこに立ち寄ってみる。

漁港は小さな防潮堤に囲まれていた。コンクリートの壁には一面ペイントされていた。

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この錦の街の東側、山を越えたところが芦浜地区であり、芦浜原発の計画地がある。錦漁港から、東側をのぞんだのが、下の写真である。港をはさんで街と背後の山が見える。その奧に、原発計画地があるはずである。

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芦浜原発も烈しい反対運動のために中止になった。しかし現在も計画地の土地は中部電力が所有しているのだという。そのためなのかどうかは不明だが、計画地のほうへ入っていく道路は見つけられなかった。

少し小高い、トロピカルガーデンという公園(?)の駐車場から見下ろした。漁船の整備をしている横で、子どもたちが海に入り、大声をあげて遊んでいた。都会にいる孫たちが帰省中、ということのようだった。

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さて、錦からはR260→三重県道16→R167と走って、鳥羽に入った。GWのためか、フェリーターミナルへの入口が少し変えられているようで、いったん通りすぎたあと、Uターンして戻ってくるような形になった。

さいわい20分後の便に乗ることができるという。二階のカウンターでチケットを購入していたら、バイクのひとはすぐに乗船準備をするようにとアナウンスが入った。

この便に乗るバイクは全部で11台。あと5分到着が遅れたら次便まわしであったようだ。バイクは予約不可のため、現地に先着するほかに手がない。

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鳥羽→伊良湖の便は、それでも比較的まだ空いていたが、逆方向は大混雑のようであった。55分の航海のあと、伊良湖で下船してみたら、そこには100台くらいのバイクが乗船待ちの列をつくっていた。一便に10台ほどしか乗れないのだとしたら、はたして今日中にすべてのバイクが乗船できるものなのだろうかと心配になってしまうほどだった。

伊良湖の道の駅も大混雑であった。何かたべようとおもったが、それどころではなかった。どこかで適当にとおもっていたが、けっきょく最後まで食事をとるタイミングを逸してしまった。

帰りはR42→R1バイパスで浜松ICから東名に乗って帰った。R1バイパスの浜松中田島付近で、たこ揚げ大会か何かが原因らしい渋滞に巻きこまれたほかは、さいわい空いていた。東名もめずらしく渋滞がなかった。休憩もとることなく、ひたすら風圧とたたかいながら、一気に千葉まで帰った。伊良湖から5時間弱で帰着した。潮岬からの帰路の走行距離は588km。往復では1423kmだった。

この項おわり。

W800で潮岬へゆく(2)──十津川村・日置川原発計画地・潮岬

潮岬への往路のつづき。

尾鷲市内のすき家で朝食をとった。この時間にひらいているお店はほかになさそうだった。寒くてたまらなかったので、温かそうな「とん汁まぜのっけ定食」というのにした。380円(+税)。

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尾鷲から海沿いのR311へ。しかし睡魔に襲われて、どうにもならなくなった。目についた小公園のようなところにWを停めた。脇にあった木陰のベンチに横になり、しばらく眠る。

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パッカーンという火縄銃を撃つような音がして目が覚めた。停まっていたタクシーの運転手のおじさんがいうには、石を船に積み込む音なのだそうだ。このあたりの地質は岩だらけで、トンネルを掘ると難工事になるほどの石の産地なのだという。山から切りだした石を船に積んで運び出す。埋立などにつかわれるのだそうだ。なるほど、ひっきりなしにダンプが往来している。

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さっきは睡魔に負けてそれどころではなかったが、見まわすと、ここはなかなか穏やかないい感じの場所であった。賀田という地名である。

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1分走ると、飛鳥神社があった。小ぶりながら、落ち着いた雰囲気の神社だった。

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R311は、海岸も走れば、高台から海を見渡す場所もあり、気分のよいルートである。リアス式海岸の地形をそのままトレースするようなふうに道ができている。こういう道はWで走るのにとてもふさわしい。

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国道番号のシールがガードレールの端部に貼られているのを、しばしば見かけた。

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熊野でいったんR42に復帰した。熊野灘をのぞむ砂浜にたくさんのこいのぼりが泳いでいた。

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右折してまたR311へ。こんどは内陸部へわけいってゆく。県境を越え奈良県十津川村に入る。くねくねと山を縫うように走る狭路。

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途中、道路が崩落して工事中の箇所があった。

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すると、こんな場所に出た(0935)。

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北山川がUの字形に屈曲するちょうど頂点に位置した高台であった。ベンチとテーブルがおかれていた。Wを停めて、しばらく景色をながめていた。

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四国の祖谷の風景が思い出される。山はけっして高くはないが谷が深く、傾斜地に石積みを組んで家々が建ち、畑がつくられている。よく似ている。ここからながめた風景が今回いちばん印象に残っている。

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ながめているうち、奧からジェット船がやってきた。熊野川から遡上してきたのだろう。予想外のことで、ちょっとびっくりした。

このすぐ先でR169に合流した。R169もしばらくは狭路であったが、工事がすすんでおり、いずれ快走路に付け変わるようであった。R168に入ると完全に快走路であった。

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まもなく熊野大社本宮に到着した(1030)。バイクを指定された場所に停めて、参拝した。

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平安時代の熊野詣(?)っぽい衣裳を着たひとがいた。観光客と一緒に記念撮影をして、その写真を販売するという商売であるようだ(ちがうかもしれない)。

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中国人観光客の団体さんがいて、よくわからないなりに柏手を打っていた。えらく立派な案内所も建っていた。あんがい賑やかなところであった。

熊野は世界遺産に登録されていたのだった。ようやくそのことを思い出した。そういえば、ここまでの道すがら、各所に「熊野古道」の案内がでていた。いずれ歩いてみたいが、こんな勢いで混雑しているのではなあ……。

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熊野大社本宮ちかくにある日本一の鳥居、だそうである。中央に八咫烏が記されている。

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R311を西進。和歌山県に入り、白浜でR42にぶつかり、左折。右手に太平洋を海を見ながら南下する。

途中、日置川原発の計画地だったあたりを実見する。むろん、いまそこには特別変わったものは何もない。もちろんPR施設もない。リアスの海と山と、そしてひとの生活があるばかりである。

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海からの風がものすごく、Wはあおられまくり。睡魔も襲ってくる。そうこうしているうちに、ようやく潮岬に到着した。岬の碑にも灯台にも寄らず、キャンプ場に直行した(1415)。千葉を出発してからほぼ丸24時間が経過していた。走行距離は816kmだった。

潮岬キャンプ場は、ふだんは無料だが、GWとて有料であった。といっても600円である。仮設テントに管理のおばさんが常駐している。受付をすると、ゴミ袋2枚(燃えるゴミと空き缶用)と串本市内のお店マップをくれる。

サイトは「望桜の芝」と名づけられた広々とした草地。気持ちのいい場所である。ただ、あいにく猛烈な風が吹いている。松林で風の防げそうなところにテントを張った。張り綱まですべてペグダウンすると、テントの動揺はぴたりと収まった。

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見るとあちこちに、ぼくのと同じクロノスドーム2型が張られていた。ファミリーキャンパーや団体さんもいたが、ソロのライダーもけっこう多いようだった。個人的にはバイクの旅はソロがいい。集団行動など、したくない。まあ、一緒にゆく友もいないわけだが。

設営後、串本市内にある本州最南端の温泉を謳う「サンゴの湯」に行った。

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近くの24時間営業のスーパーで、ビールとサンマの押し寿司とそらまめと刻みキャベツ、それにきゅうりを買って、テントに戻った(1700)。テントの数はだいぶ増えていたが、それでもまだ十分に広々としていた。

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暮れるにつれ空の色が変化してゆくさまをながめながら、ビールを飲んだ。

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風のあるおかげで、蚊はいなかった。1900には早々にシュラフにもぐり込んだ。

つづく。

W800で潮岬へゆく(1)──下道を夜通し爆走

W800で潮岬へいってきた。出発時刻が1420と遅くなったので、旅程はつごう1泊2.5日。1423kmを走った。うち1100km以上と大半が下道走行であった。

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今回の目的は二つ。第一に、とにかくW800でひたすら走ること。第二に、紀伊半島に複数箇所ある原発計画地(いずれも実質中止)を実見すること。

目的はどちらもおおむね達成することができた。しかし、当初4-5日を予定していたのが、仕事のスケジュールと天候の関係で極端に圧縮されたため、起きている時間の大半はW800で走っていることになった。さすがにこんな弾丸ツーリング的旅程では、体力的にもたないことがよくわかりました。もうへろへろである。

潮岬までの往路のトラックデータはこんな感じ。

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千葉から神奈川までルートが欠落しているのは、ナビ(ソニーNV-37)がフリーズしてしまったから。シガーソケットに差してあるUSB変換プラグの故障によって突如電源供給が絶たれたのが原因とおもわれた。

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東名の中井PAのファミリーマートで、新しいUSB変換プラグを買って交換し、あわせて購入した安全ピンでナビのリセットスイッチを押したら再起動した。以後はいつものように順調に稼動した。

さて首都高→東名と走って大井松田ICで降りた(1645)。あとはひたすら下道を西進する。

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R246の御殿場から裾野にかかるあたり。山間はやや雲が多かった。前方に見えるのは新東名の高架である。

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沼津からR1に入る。少々渋滞。富士山は雲のなか。

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由比の海岸あたりで、ぼちぼち日が沈む。

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静岡市内は夕方の帰宅ラッシュで少し渋滞にはまるが、そのあとはR1バイパスをひたすら爆走。潮見バイパスは豊橋の先で、いつのまにかR23バイパスと接続していた。信号もほとんどなく蒲郡まで爆走を重ねる。

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蒲郡のあたりだけR23バイパスは未完成部分が残っている。R1をとおって迂回するが、信号の連続で走りにくい。東名音羽蒲郡IC前の交差点でトラック軍団のあとについて左折し、三河湾オレンジロード(愛知県道23)に入る。山間部を抜けるのだが、すっかり夜になってしまい、ものすごく寒い。昼間は汗をかくくらいだったのだが。

再びR23バイパスに入ってすぐの道の駅幸田でダウンベストを着込み、グリップヒーターもオンにして出発(2215)。やたらに高規格な道を爆走し、2250、R23に近い健康ランド「湯ーとぴあ宝」(名古屋市南区)に到着した。中井PAからここまで、清水での給油と幸田での着替えの二回停車しただけ。むろん飲まずくわず。

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ここでお風呂に入り、ごはんをたべ、一時間ばかり仮眠。深夜料金が発生する前に出て、0200に出発。

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トラック軍団にはさまれながら、R23を走る。津市内では信号の連続でいきなりペースダウン。ヤンキー仕様のセルシオが併走するなど、スリル満点であった。

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松阪市内でR42に入る。大台あたりでは霧に包まれながら走った。凍える寒さだった。

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やがて夜が明けた。紀伊長島に達するころには、明るくなっていた。

つづく。

W800で潮岬へ

雨もやんだし、ゲラの校正も終わったので、W800で潮岬に行ってきます。基本、下道の予定。700km弱くらいらしい。

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