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あちこち散歩旅 Archive

陸にあがった潜水艦

呉に来ている。「てつのくじら館」というミュージアムに行った。海上自衛隊呉史料館というのが正式名称。海自の広報啓蒙施設であり、展示内容は掃海と潜水艦だ。退役した本物の潜水艦あきしおが鎮座し、じっさいに発令所など見学できる。

それにしても、陸にあがった潜水艦はじつに巨大である。そしてその背後には、潜水艦より何倍も巨大な複合商業施設「ゆめタウン」があって、買い物袋をさげた近所のおばちゃんやソフトクリームをなめる女子高生なんかが、ごく当たり前のことのように出入りしている。なんだかものすごい光景である。

今年もフレキャン

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今年も新入生歓迎行事、フレッシャーズ・キャンプ(通称フレキャン)がおこなわれた。1泊2日。昨年までは箱根方面だったが、今年は千葉から横須賀へまわるルートである。例によって、具体的なことはすべて教学補佐の方とサポートの上級生たちの手で万全に運営されている。こちらはただ付いていくだけだ。

3つの美術館(と、鴨川シーワールド)をめぐった。とりわけ秀逸なのは、佐倉の川村記念美術館だ。リニューアルしてからは初めての訪問だが、その増築された部分の展示がまたよかった。キュレーションがしっかりしているのは当然だが、それが建築ときちんと連動している。資金も潤沢なのだろうけれど、それだけでは、なかなかこうはいくまい。

千葉市美術館と横須賀市美術館は、建築に見るべき点が多い。前者は大谷幸夫、後者は山本理顕。ぜんぜんタイプの異なる建築で、立地も外観も内部も対照的といっていいほど異質である。後者など、平気で自然光を直接入れている。展示されているのはふつうの油絵だったりするのだが、これで大丈夫なのかとよけいな心配もしたくなる。新入生たちが、展示の内容だけでなく、建築や周辺環境にも注意を払ってくれると、なおよいのだが。

泊まりは鴨川。宿の目の前がすぐ浜である。外房の海は太平洋だから、手加減がない。散歩から戻ってきたら、一年生たちが渚で大はしゃぎしていた。

イギリス海岸

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「ここは何ってとこ?」と三男が訊く。イギリス海岸っていうんだよと答えると、え、イギリスなの? という。イギリスではなく、イワテである。

「海岸」といえど、むろん海はない。花巻市内の北上川河畔。白い泥岩が露出しているさまを見て、ドーバー海岸のようだと宮沢賢治が名づけたという。いまや花巻の観光は「賢治産業」で支えられているようだが、その手の施設は、まあどちらでもよい。ここが好ましいのは、そうした人の手が届ききっていないところだ。

砂利敷きの駐車場と、簡単な散策路が整備されている。数枚の案内板と、ボランティアのひとが展示するパネル数葉。それ以外に観光地らしいものは何もない。畑があり、花が植えられている。草刈りされた土手に、なんという名かわからないが、黄色いアブラナ科らしい植物がたくさん生えて、よく香る。

だだっ広い。真ん中を川が流れ、土手の斜面や河原にはオニグルミやシロヤナギが河畔林をなす。木々は風に揺れている。夏の夜にここへ来て空をながめたら、きっとすばらしいだろう。

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大人がぼんやり川をながめているあいだ、子どもたちは熱心に石を川に向かって投げていた。川とみれば石を投げるのは、どんな子どもにも共通する習性である。石をどれだけ遠くへ投げられるかを競っていたが、そのうち水切りを始めた。投げた石を水面でスキップさせる、あれである。

初めのうち、スキップに成功する確率は、2-3投に1回くらい。スキップの回数はせいぜい2回。それが、やっているうちに成功の確率があがり、やがて8割くらいまでになった。スキップの回数も増える。最高は長男の8回。このときは、かなり遠方まで、跳ねながら水面をすべるように飛んでいった。

そのうち、《あ》もぼくもくわわって、一家で石を投げだした。地質のせいか、河原にはひらたい石がたくさん転がっているので、不自由しない。

川の流れの上流に向けて投げると、スキップした石がおもわぬ方向へ曲がる。それをうまく利用すると、水面から顔をだした石を巻くようにして向こう側まで石を飛ばすことができる。逆に、下流に向けて投げると、到達距離が伸びる傾向にある。

よその親子がやってきて、同じように水切りを始める。そちらのほうが、ずっとうまかったりする。気がつくと、その親子は姿を消し、いつのまにか別の親子に入れ替わっている。そんなことが、数回くりかえされた。

長男は、ひらたくて丸い石がベストだが、少し大きくて重いほうが遠くへ飛ばしやすいことがわかったという。近くでスキップさせるのなら、小さくて軽いものでもいいらしい。かれは持ち方も研究しており、指のかけ方と手首のつかい方をコントロールして、うまく水平方向にスピンをかけるように投げる。熱心に教えてくれるのだが、なかなかそのとおりには投げられない。たまに、うまくできると、ほめてくれる。

そうして、2時間ばかりひたすら石を投げつづけた。子どもたちは、もう当分のあいだ、イギリス海岸では、水切りに適した石を見つけるのはむずかしいだろうと、意気揚々として引きあげたのだった。

肘折温泉

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東京から山形新幹線つばさで4時間弱。終点の新庄駅から、さらに迎えの白いバンに揺られて40分。最上川を越え、真っ白の雪原をわたり、山を越えると、眼下に小さなカルデラ盆地がひろがっている。数十の家々が身を寄せあうその町が、肘折温泉だ。

肘折温泉は湯治場として東北ではよく知られているそうだ。観光客向けの宿だけでなく、小さな湯治宿も軒をつらねている。いま時分は、雪に埋もれて静かだ。積雪3メートル。少し融けたので減ったほうだという。宿に着くころには、また雪がちらつき始めていた。

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荷物をおろすと、すぐに子どもたちは宿の外へ出かけていった。目の前にかかる橋の上から、下を流れる銅山川へ向けて、雪玉を投げ落とす。川面に落ちた雪玉が溶けていくさまをながめる。そのうち、雪玉をたがいにぶつけあい始めた。やがて雪が烈しくなった。宿へ帰りぎわ、長男は除雪してできた小さな雪山に両手を拡げて倒れ込んだ。くっきりとひとの形をした痕がついた。

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泊まったのは「優心の宿、寒月」というところ。清潔で落ち着いており、気持ちよく過ごせる。お風呂は5階だ。お湯は熱め。ゆっくり浸るには、この季節はちょうどいい。食事は山菜など地のものが中心だ。うどの味噌汁とか、ふきのきんぴらとか、どれもおいしい。山菜ってこうやって料理するのだと教わった気がした。

雪は一晩降りつづき、翌朝止んだ。早くから除雪のブルドーザーの音が遠くから聞こえた。朝食が済むと子どもたちは、また雪合戦をするのだといって、さっそく橋の上へ駆けていった。昨夕長男がつけたひとの形の痕は、どこにあるのかすっかりわからなくなっていた。

千年の樹

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雪降る東京駅から特急踊り子で伊豆へ出かけた。情報デザインのデザイナー・研究者たちとの、ごく小さな集まりに参加するためだ。修善寺からバスに揺られて湯ヶ島に着いた。雪は止んでいたが、宿から見下ろす家々の屋根は白かった。

翌朝はきれいに晴れた。再びバスに乗り、伊豆半島の脊梁を南下する。新天城トンネルを過ぎて南斜面をくだりはじめると、それまで路肩や山肌に積もっていた雪はすっかり姿を消した。

バスはとことこ走り、1時間で河津駅前に到着した。光る海のすぐ先に大島が浮かぶ。三原山は白く薄化粧していた。駅から北へ15分ほど歩く。来宮神社というところに、樹齢千年という楠の大木があるらしい。境内入口の鳥居の脇に、さっそく立派な楠があった。もともとの主幹が洞となり、そのまわりから四方に太い幹が伸びていた。「さすが樹齢千年だね」とぼくたちは言いあった。

参拝を済ませて立ち去ろうとすると、同行のひとりが大きな声でよぶ。お社の裏手のほうだ。まわってみた。巨樹が、聳えたっていた。

樹齢千年の楠は、こちらのほうだった。異形の樹だった。いかなる自然物や人工物とも、同じ範疇に入れられることを拒絶していた。地面がそのまま盛りあがったような太い幹が、社の軒のはるかに先まで伸び、天を突く。無数の梢が、海に向かって吹く冷たい風に震えて、ざわざわと鳴った。

ぼくたちは、打たれたように、黙ってそこに立ちつくした。

クリスマス・エクスプレスにて

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まとまりのない話をゆるゆると三題。

その1。メルプラッツの公開研究会が京都駅前のキャンパスプラザで開かれた。ぼくは名古屋の実家に一泊したのち、当日朝、京都へ向かった。名古屋駅に早めに着いた。時刻表をめくってみたら、新幹線でなくても集合時刻までに京都へ到着できることがわかった。ならば、ということで、東海道線に乗って行くことにした。特別快速で米原まで行き、姫路行き新快速に乗り換えて、つごう二時間。久しぶりにまとまった時間を在来線に揺られた。車窓をながめながら、ときどきノートをつけて過ごす。時間がゆっくり流れていた。写真は、新快速の車中──おそらく彦根あたり──で撮影したもの。例によって京ぽん2で撮ったので画質はよろしくない。

その2。京都はメルプラッツ五回目の公開研究会だった。個人的な話をすれば、つい数日前まで、明学の授業で、デジタル・ストーリーテリングによる映像作品制作をやっていた。2クラス、計75名が、グループで話しあいながら、最終的にはそれぞれ1作品を制作するのだ。ぼくの空き時間はすべて学生の面談に投入することになり、しまいには人生相談的な様相を呈し、75名がぼくに乗りうつったような状態になった。ようやくプレゼンテーションを迎え、一区切りついたところだった(この話は別途書くつもり。あくまで予定だが)。そのせいか、どの発表もツボにはまった。とはいえ、落ち着いて考えるべきことは山積みである。今回は記録係として議事録をとっていたのだが、15000字にもなった。どうやってまとめればいいかしら?

懇親会のあと、新幹線で東京へ(正確にいえば市川へ)。この原稿も車中で書いている(途中まで)。クリスマスの休みに新幹線といえば、JR東海の「クリスマス・エクスプレス」シリーズである。2000年の特別版を別にすれば、あれが終わってもう15年である。「芸術批評論」という授業で批評文の書き方を教えているのだが、年明けまでの課題がこれ。もちろん学生たちは誰もこのTVCMを知らない。この授業ではこれまでラヴレターを書いて講評しあったりしてきたためか、学生たちの気合いの入れようはタダゴトではない。ちなみにラヴレターの元ネタは、北大CoSTEPの難波さんに教えていただいたもの。それをぼく流にアレンジしている。

その3。クリスマスといえば、NHK-FM「今日は一日クリスマス・ソング三昧」の本番が明後日に迫っている。というか、日付が変わったのでもう明日だ。ぼくの出る「クリスマス・ソング考古学」のコーナー用の曲目リストをつくって昨日送った。とりあえず80年代以前の曲ばかり50曲を選んだところ、ディレクターのKさんからお叱りのメールが届いた。こんなにかけられるわけない、トークの時間を考えれば、せいぜい10曲くらいのものだというのだ。もう、おっしゃるとおりである。ごめんなさい、これでもだいぶわかりやすい選曲にして、数も絞ったつもりだった。もともとの趣意では、よくあるクリスマス特番ではなく、こういう音楽をいろいろ紹介するというものだったはずなのだが、いまさらぼくがなにをいってもどうにもならない。

なんとも残念ではあるが、曲目は削らなければならないだろう。50-60年代の曲などどれもカヴァーで短いが、できればかけたい。あんまり誰も言ってないみたいだけど、「ジングル・ベル」は今年ちょうど150周年にあたることだし。「クレイジーのクリスマス」のように7分を超える大作もある。とはいえ、ただ長いからという理由だけで、こいつをはずすわけにはいくまい。そう思案していると、削るのは至難である。こちらの頭のなかでは、こうした曲はすべて歴史のなかに位置づけられている。だから、それを捨象して、「たのしいトピック」として断片を語るのは容易ではない。こうなるともはや、ぼくのおしゃべりなどどうでもよい。とにかく一曲でも多くかけてもらうほうがいいんだけどなあ。

秋晴れと赤福

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名古屋にいる母が入院したのは、9月3日のことだ。くも膜下出血だった。さいわい手術は成功した。リハビリもまずまず順調なようだ。いまでは、身体的な動きにかんしてなら、端目にはほとんど健常に見えるほどにまで恢復した。

この週末は子どもたちをつれて新幹線に乗り、病院までお見舞いに行った。母は父に付き添われて、出迎えてくれた。日曜の午後、隣にある広い公園まで、散歩がてらみんなで歩いて出かけた。コンクリートでできた迷路のような遊具がある。子どもたちは追いかけっこに、しばし夢中となった。この遊具、色こそ塗り替えられているが、ちょうどぼくがかれらと同じ年齢のころにさんざん遊んでいたものに違いない。子どもたちの遊ぶようすをながめているうちに、30年前のじぶんもまったく同じようにして遊んだことを思い出した。

二週間前に来たときにはまだだいぶ蒸したのに、今回の名古屋はきりりと冷え込んでいた。遊具のかたわらにある日向のベンチに腰かけて、大人たちは色づきはじめた銀杏の葉をながめた。

帰りの名古屋駅でキオスクをのぞくと、いつもであれば山と積まれているはずの赤福の姿がきれいさっぱり消えていた。まるで、そんなものはこれまで一切なかったかのように、存在そのものが抹消されていた。代わりにその売場には、納屋橋まんじゅうや千成やらが、いささか分不相応な趣で肩をすぼめてならんでいた。新幹線の到着を待つ列で前にならんだ年配の夫婦が、桃色の包装紙でくるまれた箱を五つもかかえていた。どういうわけか、それはどう見ても赤福にしか見えないのだった。

夏至

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まもなく夏至だ。今年(2007年)は6月22日(金)だそうだ。

子どものころ、夏至とは「一年のうちもっとも昼間の長い日」だと教わった。東京のばあい、日の出から日の入りまでの時間が14時間35分にもなる。冬至のそれは9時間45分というから、じつに5時間近くも長いわけだ。たしかに、午後8時になってもまだ空に明るみが残っている。この時期、いつまでも外遊びをしていて、帰宅が遅くなっては怒られる、ということが、ままあった。

しかし実際には、「一年のうちもっとも昼間の長い日」を実感することは、あまりなかった。たいていは梅雨で、雨降りばかりだったことも関係していたかもしれない。それに、小学生や中学生にとっては、まだ一学期のただ中だ。夏休みまで、あと一カ月も学校に通わなければならない。思う存分外遊びに興じるような余裕はなかった。

だから、当時のぼくにとって「夏至」とは、言葉としては知っていても、身体を介して実感されるような経験ではなかった。それは、この時期に大人たちが口にする「季節のクリーシェ」だった。たとえば、テレビの天気予報の前口上としてであったり、新聞コラムの枕としてつかわれたりするものであり、「文学」やら「教養」やらといった世界に所属する言葉だった。つまり、近しい言葉ではまったくなかった。

にもかかわらず、ぼくがこの言葉に興味を覚えたのは、語感が印象深かったからだ。「ゲシ」という音は、落ち着いて静かな印象をともなって、ぼくの耳に響く。激しい陽射しにカンカンと照りつけられて、光と影のくっきりとしたコントラストだけの世界となって、微妙な陰影とともに、音という音がすべて飛んでしまったかのような。それは、内省的とさえいえるような響きをもたらすのだった。

意味上では似たようなカテゴリーに入るはずの言葉に、「夏」がある。こちらは開放的な印象をともなっており、一歩間違うと、ハメをはずして騒ぎまくるという、にぎやかで騒々しいイメージにまで転がってゆく。だからこそ、同じ季節にかかわる言葉でありながら、まるで対照的なしっとりとした静けさを印象させる「ゲシ」という語は、不思議な存在感をもつように感じられたのだった。

夏至を体感してみようとおもったのは、天文学的な知識を得てからだ。夏至の日に北回帰線上に立ち正午を迎えれば、そのとき太陽は、ちょうど真上に来る。視覚的にも感覚的にも、そして天文学的にも。

以前、ちょうどこの時期に、台湾を訪れる機会があった。台湾は日本からもっとも行きやすい北回帰線下の地である。南北にやや長い台湾島のちょうど腰のあたりをすっぱりと横切るように北回帰線が走っている。正午。熱射の空を見上げた。太陽は、たしかに真上にあった。その瞬間、ぼくは地球上で、もっとも太陽に近いところにいる人間だ。天頂から放射される猛烈な光にじりじりと焼かれつつ、ぼくはそこに立っていた。

カントリー&ウェスタンの熊本

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熊本に行ってきた。ぼくにとっては初めての熊本だ。

学会の始まる前夕に現地に着くと、さっそく先生や友人たち数名が集まり、飲みに出かけた。市内の繁華街である「下通り」はずいぶんと幅の広いアーケード街で、そこから染みだすようにして路地が走り、その辻々に多くの飲食店が並んでいる。意外なほど人出が多く、しかも印象としては若いひとたちの割合が大きい。とにかく、やたらにぎやかである。

そのうち近くで別のグループが飲んでいることがわかった。地元テレビ局のひとたちも一緒だという。合流して人数が倍増した一行は、地元民の唱導により、ある雑居ビルに足を踏み入れた。カントリー・ミュージックのライブハウスだった。

扉を開けたとたん、大きな音のかたまりが吹きだしてきた。薄暗い店内は写真だらけだ。壁という壁はおろか、天井一面にまでビッチリと、無数の写真が千社札のように貼りめぐらされている。大音響が、それらをビリビリと震わす。

店の一角に小さなステージがしつらえられ、そこにぴったりはめ込まれるようにしてバンドが入り、ウィリー・ネルソンを演奏していた。バンドは6人編成。中央に黒づくめの男が立っていた。黒いテンガロンハット、レイバンのサングラス、そしてあごひげ。濃さに濃さをかけあわせたようなその風体は、京都のさる大学のU先生を彷彿とさせないでもないのだが、その歌声は渋いながらも艶やかである。

ぼくたちはステージ脇のテーブルに坐った。ボトルで頼んだワイルドターキーをあおっているうちに、演奏が終わった。先ほどの黒づくめ男がテーブルにやって来た。じぶんのことを「チャーリー永谷」だと名乗った。そのようすからして、ただ者ではないとにらんでいたのだが、聞けばこのチャーリー(敬称略で失礼します。このほうが感じがでるので)、日本のカントリー・ミュージック界の大御所として、かなり知られたひとであるらしかった。

熊本出身。大学時代にカントリー&ウエスタンに出会ってのめり込んだ。以来、カントリー一筋に人生を捧げて半世紀。みずからのバンド「キャノンボール」を結成し、国内外の米軍キャンプをまわった。ベトナム戦争終結後の1976年、熊本に戻り開いたのが、この店「グッタイム・チャーリー」だ。以来、毎夜30分のステージを5本こなし、合間をみて各地に演奏旅行に出かけ、地元ラジオ局で番組をもつ。1989年以来、毎秋、阿蘇で日本最大のカントリー・ミュージックの野外イベント「カントリー・ゴールド」をプロデュースし、今年で19回目を迎える。テネシー、モンタナ、テキサスなどカントリーにゆかりの深い米国の各州の名誉州民であり、ホワイトハウスにも招かれたこともあるという。筋金入りなのだ。

なにより驚いたのは、御年71だと聞いたときだ。1936年の早生まれというから、ぼくの父と同じ学齢である。父はおそらく年相応の外見だが、チャーリーは年齢不詳、せいぜい50代後半にしか見えない。うーん、このくらいの年齢になってしまえば個体差がはなはだしく、見かけだけでは判断しようがないという見本である。チャーリーにとってのカントリー・ミュージックのようなものを持つことができたひとは誰であれ、きっとチャーリーのような71歳を迎えられるのだろう。

話し終えたチャーリーが、ギターをかかえて再びステージに立った。その晩最後の演奏が始まった。チャーリーは5曲ほど、気持ちよさそうにうたいあげた。演奏が終了したのち、チャーリーに見送られて、ぼくたちは店を出た。東京では8月5日(日)に、青山のホンダ・ウェルカムプラザでライヴをやるから、ぜひ来てください、と誘われつつ(無料だそうです)。

チャーリー永谷さんのサイトはこちら
「グッタイム・チャーリー」で演奏する「チャーリー永谷とキャノンボール」のライヴ映像。YouTube上にある。同店を訪れた米国人観光客による撮影とおもわれる。

フレキャン

「フレキャン」に行ってきた。「フレキャン」とはフレッシャーズキャンプ、つまり新歓合宿の略である。

本務校ではどの学科も、このフレキャンをこの時期におこなう習わしらしい。芸術学科のばあい、一年生と専任教員全員でバスに分乗して、一泊二日かけていくつかのミュージアムをめぐる。今年は鎌倉から箱根へかけてくり出した。フレキャンの目的は相互に親睦を深めることにあるという。実際、こういう機会でもないと、入学したての一年生にとって、じぶんのほうから直接教員に話しかけるようなことはしにくいのかもしれない。今回も何人もの一年生と話ができ、有意義だった。

この大人数の旅行を実質的に仕切るのは、ふだんから学科共同研究室の面倒を見てくださっている教学補佐のひとたちだ。これをSC(なんの略だかよく知らない)とよばれる上級生10名がサポートする。ぼくたち教員の多くは、引率者というより、やはり連れていってもらっているというほうが近いともいえる。だとしたら、一年生と似たようなものだ。

このフレキャン、ぼくにとっては一年のうちただ一度、観光バスというものに乗車する機会でもある。じぶんで一切企画や旅行のマネジメントにかかわっていないので、ただ組まれた旅程にしたがって、バスの座席に坐り、目的地についたら見学して、またバスに乗る、というくり返しだ。

車中ではなんにもしない。たいていはボーッと車窓をながめている。見学が終わってバスが発車するまでの待ち時間には、本を読む。専門書よりも、ノンフィクションとかエッセイがいい。昨年は、たまたま直前に古本で見つけた角田房子『アマゾンの歌』を読んだ。今年は、ちょうど前日に届いたばかりの庄野潤三『ワシントンのうた』をたずさえていった。「──の歌」という本がつづくのは、ただの偶然。それでも無意識のうちに、ちょっと渋めの線で本を選んでいるようだ。なぜだろう?

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