京ぽん2

「京ぽん2」に買い替えた。
……といわれても、なんのことやら要領を得ないひとが、ほとんどかもしれない。京セラの出しているウィルコムのPHS、WX310Kのことだ。キャリアやメーカーによる公式名称ではない。ユーザーのあいだで広くこう呼ばれている。「京」はメーカーの京セラのことだろう。「ぽん」がなにをさすのだか、ぼくも知らない。

DDIポケット時代に買ったサンヨーのRZ-J300(なんて誰も知らんだろう)からの機種変更だ。カメラもついていない機種だったが、別にどこも不調ではないから、まだ使いつづけてもよかった。ただ、これまでAirH’用にもう一回線もっていたのだが、これをひとつに統合したかったのだ。

利用状況を整理すると、ぼくのばあい、つぎの条件を満たすことが必要とおもわれた。
(1)当然のことながら電話機での通話
(2)電話機でのデータ通信(ブラウジングとメール。でもあんまりつかわないかも)
(3)PowerBookにつないでモデムとしての使用
(4)カメラはあってもよい。可能ならBluetoothも。音楽再生機能は不要
(5)iCalと連携可能(同期だけでなく書き換えもしたい)
(6)以上の機能を一台にまとめたい
(7)できる限り安価なランニングコスト
となると、京ぽん2かW-Zero3に、ウィルコム定額プラン+データ定額しか選択肢はない。

昨年末、発売直後のW-Zero3の実機をシステムアーティストの中村理恵子さんに見せてもらった。いまふり返れば、これが今回の買い換えの直接のきっかけだった。W-Zero3は興味深かった。年が明けてさっそくヨドバシカメラに行くと、あいにく品切れだった。このとき在庫があれば買っていたかもしれない。その後つらつら考えると、W-Zero3のようなWindows ベースのスマートフォンの利用価値は、ぼくにとってはさほど大きくはないことに気がついた。いつも2.5kgあるPowerBookをかついで歩いている。iCalと完全に互換性のある──ということは、同期と書き換えが可能な──携帯端末があれば具合がいいのだが、あいにくそういう商品はないようだ(現行のiPodにしてもiCalの書き換えができない)。上述(5)のスケジュール管理さえ諦めれば、京ぽん2だろう。これなら、(5)以外の条件を満たす。昨秋、auのワンセグを考えた時期も一瞬あったが、現実問題として少なくともぼくのばあい、ケータイで見たいのはテレビ番組ではない。

つぎは料金の問題だ。料金比較はネット上にいろいろなサイトがあるので、それらを参考にしてみた。

音声定額のほうは、ウィルコムどうしに限られた話である。これはまあ仕方がない。別のキャリアや固定電話へは利用料が発生するわけだが、その料金は相対的には高くない。問題はデータ定額のほうだ。このサービスはどこのキャリアでもやっている。だが、auやFOMAのデータ定額だと、モデム使用のばあいは別料金になる。速度は3Gケータイのほうが速いかもしれないが、総支払額はけっこうな金額になってしまうだろう。ウィルコムのデータ定額なら、128Mbpsがほぼ安定的に期待できて、かつ目一杯利用したとしても音声とあわせて1万円以内で収まる。

──とまあ、ここまではもっともらしいことを書いてきた。だが、いちばん大きな問題は、別にある。そもそも、ぼく自身がそんなにケータイをつかうだろうか?

友人知人のあいだでは、もっとも遅い時期までケータイをもたない人間のひとりだった。最初のPHSを買ったのは3年前。まわりがケータイを前提に動くようになり、半分はやむをえず、もう半分はちょっとワクワクしながら買った。こういうことはたいていそうだが、機能的で合理的な理由をいくら並べたてたとしても、最終的なところでは多くのばあい、買いたいから買うのである。

同じくケータイ不所持派仲間だったジャーナリストの菅谷明子さん(いまはボストン在住)には、「とうとう長谷川さんまで!」といわれてしまった。だが、つねに携行するということが習慣になるまでには、さらに半年くらいかかった。当時はまだ本業は編集者だったのだが、仕事ではケータイはつかわなかった。番号は研究関係の友人知人にしか知らせなかった。

ワークショップとか実践プロジェクトとかが動いているときはともかく、ふだんの通話量はさほどでもない。ぼくが選択した音声定額プランも、たぶんその恩恵を十分に享受するほど通話するとは、ちょっと予想しにくい。

通話はあまりしないが、メールはつかう。毎日膨大なメールを読み書きしている。最近の大学生の多数にとってメールとは第一にケータイ・メールを意味するが、ぼくのばあいはほぼ完全にパソコン上で作業する。いまは大学や自宅はおろか出張先でのビジネスホテルですら高速回線が用意されて常時接続が可能だから、せっかくの京ぽん2もモデムとしてどれほど活用する場面があるのか、正直よくわからない。

こう考えてくると、どうも京ぽん2を買ったものの、そのポテンシャルをどれほどじぶんが引き出せるか、かなり心もとないといわざるをえない。そもそも、いまのケータイがそもそも「電話」のメタファーの単純な延長線上にあるといえるのかどうか。通話もできる、なにかもっと不思議なものなのかもしれない。「携帯電話」のうち「電話」が脱落して「ケータイ」とよばれるようになったのは、もしかすると偶然なのではないのかもしれない。京ぽん2を、これまでぼくが想像もできなかった使い方をしはじめるようなことになれば面白いだろう。

参考までに。何冊もでている京ぽん2の本を見比べてみた。いちばん有益と感じられたのは、『京ぽん2必殺テク』(アスキー)だ。書名のセンスには首をかしげざるをえないが、内容は記述が具体的で、教えられるところが大きかった。