千年の樹

雪降る東京駅から特急踊り子で伊豆へ出かけた。情報デザインのデザイナー・研究者たちとの、ごく小さな集まりに参加するためだ。修善寺からバスに揺られて湯ヶ島に着いた。雪は止んでいたが、宿から見下ろす家々の屋根は白かった。

翌朝はきれいに晴れた。再びバスに乗り、伊豆半島の脊梁を南下する。新天城トンネルを過ぎて南斜面をくだりはじめると、それまで路肩や山肌に積もっていた雪はすっかり姿を消した。

バスはとことこ走り、1時間で河津駅前に到着した。光る海のすぐ先に大島が浮かぶ。三原山は白く薄化粧していた。駅から北へ15分ほど歩く。来宮神社というところに、樹齢千年という楠の大木があるらしい。境内入口の鳥居の脇に、さっそく立派な楠があった。もともとの主幹が洞となり、そのまわりから四方に太い幹が伸びていた。「さすが樹齢千年だね」とぼくたちは言いあった。

参拝を済ませて立ち去ろうとすると、同行のひとりが大きな声でよぶ。お社の裏手のほうだ。まわってみた。巨樹が、聳えたっていた。

樹齢千年の楠は、こちらのほうだった。異形の樹だった。いかなる自然物や人工物とも、同じ範疇に入れられることを拒絶していた。地面がそのまま盛りあがったような太い幹が、社の軒のはるかに先まで伸び、天を突く。無数の梢が、海に向かって吹く冷たい風に震えて、ざわざわと鳴った。

ぼくたちは、打たれたように、黙ってそこに立ちつくした。