ハクション

書泉グランデ6階で雑誌を立ち読みしていたときのことだ。

右隣にスーツ姿の中年男性がやってきた。かれは雑誌を手にとるなり、「ハクション!」と大きなくしゃみをした。収まるや否や、「だいまおう」と落ち着いた小声で、じぶんのくしゃみにつけくわえた。

1分もすると、再びくしゃみがかれを襲った。「ハクション!」。

ぼくの右耳はもう象のそれのように大きく膨らんでいる。どうするんだろう? するとかれは、ご飯を食べ終えたときに「ごちそうさま」というかのようにして、低い声でゆっくりと、「だいまおう」とつけくわえた。

ぼくは手にしていた『オートメカニック』誌の記事「ポータブルはんだごて比較テスト」の結果のことなどすっかり頭に入らなくなっていた。おもわず右隣のかれのほうへ顔を向けようとした。

だが、できなかった。

首から左肩にかけてひどく凝っていて、上半身をひねって振り向くという動作を遂行できるような状態になかったからだった。その事実を、振り向きかけた瞬間に襲ってきた鋭い痛みが、ぼくに教えてくれたのだった。