その1のつづき。
入浴券をもって温泉棟にいく。受付で券をだすと、バスタオルとハンドタオルを貸してくれる。なかなかありがたいサービスである。
温泉はヨード泉。赤チンみたいな匂いがする。東京に帰ってから学生に訊いたら、誰も赤チンを知らなかった。
露天はないが、小さなテラスがある。目の前の太平洋をながめながら、ぼんやりベンチに腰をかけて過ごす。浜側から見れば丸見えなのだが、誰もいない。それでも秋になれば、鮭釣りのひとたちが姿を見せるのだろう。
夕食は温泉棟に併設の食堂でとった。生ビールが500円だったかな。
温泉は2100までやっている。別室では、どういうわけなのか、帯広の大学生たちが大学のバスでやってきて、宴会をしていた。そののち、宿泊棟で一泊していった。つまりぼくと同宿だった。夜中までにぎやかであった。
翌朝、朝食は0600からといわれていた。もっとも朝は宿のひとは不在であるから完全なセルフサービスだ。冷蔵庫に食パンとゆで卵が常備してあり、そこから必要なだけとりだす。トースターでパンを焼き、ネスカフェのインスタントコーヒーにお湯を注ぐ。
部屋の鍵は、宿泊棟のエントランス脇のポストに投函しておけばいいらしかった。その脇に、ノートがおかれていた。過去数年分の宿泊者たちがメッセージを残していた。
朝は温泉は閉まっている。だがこの夏には営業時間を早朝に早めるのだそうだ。
海岸を歩いてみた。以前に来たときには、海を眺めるようにして、段丘の上にちいさな祠がたっていた。今回は見あたらなかった。海岸線は、温泉の前だけは護岸してあったが、少しはずれると、自然のままだった。
近くのホロカヤントーを見に行った。細長い砂洲で太平洋と仕切られた海跡湖である。人の姿は皆無であった。
ホロカヤントーを見下ろす丘は、キスゲの花の黄色に彩られていた。丘の上には穴ぼこがぽこぽこと穿たれている。いずれも竪穴式住居跡なのだという。約1000年前の擦文時代の遺跡である。一棟だけ竪穴式住居が復元されていた。
おわり。