電子マネーで得するのは誰か

前にnanacoカードで不正利用被害に遭ったことに関連して、電子マネーについて考えたと述べた。その後、もうどうでもよくなってきたので放置していたが、せっかくなのでメモ代わりに簡単に記しておく。他人の参考になるかどうかはわからない。

電子マネーとは、その名が示唆するように、電子化された現金であると喧伝されている。セブンアイのオペレータによれば、だから現金と同じく、不正利用されても補償がない、ということであった。では何がメリットなのかと訊いてみた。すると、それはつぎの3点であるという。

  1. 現金と同じように利用できる。
  2. 現金を持ち歩かずに済む。
  3. ポイントがつく。

なおオペレーター氏に文句をつけるつもりはない。かれらは教育されたとおりに答えたにすぎないだろう。

さて、この3点の主張には、どれほどの妥当性があるのか。これを検討するためには、現金と比較しなければならない。現金がもつ特徴と比較して、電子マネーの利得のほうが大きければ、利用者にとっても利用する価値があるはずだ。

では、現金の最大の特徴とは何か。いろいろ考えられるが、一点に絞ってみたい。つまり、この問いを「ひとびとはなぜ現金をありがたがり、欲するのか」と換言しよう。現金の価値なるものがあるとすれば、その源泉とは何か、ということである。

答えは(すでに言い尽くされてきたとおり)明白である。現金に価値があると信じられているのは、現金がほとんどありとあらゆるものと交換可能であるからだ。

カネで買えないものもあるではないかというご意見もあろうが、それはまた別の話である。とにかく、現在の社会で、現金以上に万能な交換可能性をもったものはない。そのはずである。

だとすれば、電子マネーはどうなのか。むろん現金にくらべて交換可能性は制限されている。

nanacoカードであれば、まず使用可能な店舗が限定される。セブンアイグループおよび提携店舗以外ではつかえない。使用のためには、まず一定の金額をチャージしなければならない。いったんチャージしたら、その金額分の使用用途も限定される。他の店舗では使用できないし、払い戻しも不可。

こう見ると、思った以上に、交換可能性が制限されているように感じられる。

とはいえ、交換可能性において現金を上まわるものが存在しない以上、電子マネーが交換可能性において一定の制限をうけるのはやむをえないともいえる。その制限と引き替えに、電子マネーは利用者にそれ固有のメリットを提供してくれているはずである。両者が均衡すれば電子マネーは現金と同等ということになるし、電子マネーのメリットが上まわる点があるのであれば、利用者にとって価値が高いということになる。

電子マネーのもっともわかりやすいメリットは、ポイントであるといえるだろう。nanacoカードなら、通常利用金額の1%分のポイントがつく。現金ではつかない。だから、たしかにささやかな利得ではある。

では、それは現金払いでは手に入らないメリットだろうか。セブンアイグループにおいては、そうかもしれない。しかし、現金払いでも、店によってはポイントをつけるところも少なくない。クレジットカードなら、たいていはなんらかのポイントサービスをやっているだろう。nanacoカードでなければどうしても得られないメリットとは言いにくいようにもおもわれる。

小銭を持ち歩かなくて済むという面も考えよう。かれらが主張するほどのメリットをもっているだろうか。

たしかに、suicaなどでは乗車時や乗換時にいちいち切符を買わなくてすむのは楽であると感じられる。その利便性には一定の価値があるといえるかもしれない。

その代わり、いくら支払っているのかは実感しにくくなる。電子マネーとは、現金から物質性を剝ぎとることで抽象化し、身体的感覚から遠ざけ、それによって、支払の内容にたいする意識も希薄化させているだろう。利便性を得れば、そのぶん失うものもあるわけだ。

こう考えると、電子マネーのメリットは、利用者にとっては、いわれるほど大きくはないような気がしてくる。

いっぽう、セブンアイグループなど電子マネーを提供する側にとっては、けっこう大きな利得がある。

いったんチャージさせてしまえば、その金額分はその時点で自社グループに囲い込んだとの同義である。しかも、現金の物質性に由来する金銭感覚から遠ざけることができる。不正利用されても補償する必要もなく、クレジットカードのように立て替え払いをする必要もない。実質的に電子マネー提供者が支払うのは、せいぜいわずかなポイントだけ。ただしポイントはあくまで数字上のものにすぎず、実際に発生する支払はその一部にすぎない。

つまり、電子マネー提供者にとってみれば、ほとんどリスクを背負うことなく、利用者の囲い込みという果実を手に入れることができる。なるほど、あれほど熱心に勧誘するわけである。

電子マネーの発行にあたっては、クレジットカードのような審査は実質皆無であるが、それも当然ということがわかる。リスクがほぼないのだから、どんどん発行してどんどんつかってくれたほうがいいに決まっている。むしろクレジットカードの審査にとおりにくいような金融属性のひとたちこそ、もしかしたら密かなメインターゲットなのかもしれない。

逆に利用者からすれば、電子マネーは最初から負けることがわかっているゲームに参加するようなものである。

では、利用者としては、どうすればいいのか。電子マネーをつかわないという方法もあるだろう。ぼくも今回の件でnanacoカードは不要だとおもったが、suicaをつかわないという選択肢はあまり現実的ではないような気がする。それは、負けを承知のうえで利便性のほうに身をまかせることを意味しているだろう。

ぼくにはまったく思いつかないが、上のような電子マネーの性質を逆手にとるという戦略もありうるのかもしれない。逆に徹底的に利用し尽くしてやるという目算がたつのであれば、つかうのもあり、かもしれない。