先日はゼミの卒業生〈きーにゃん〉の結婚式だった。場所は神戸。ぼくは原発PR施設の調査も兼ねて、ディフェンダーで北陸から若狭へとまわってから、神戸入りした。
〈きーにゃん〉は個性的でおもしろい学生であった。エレクトーンで全国大会に出て入賞するほどの腕前の持主ながら、高校生になると「良い子」を演じるのはもういいやといって、そのうちクラブ通いに明け暮れるようになった。明学に来たのも、東京のクラブを制覇するためであったという。じっさい入学から半年ほど経つと、大学には少しずつ姿を見せなくなった。2年生のあいだは一度も顔を見なかった。
しかし、このままではまずい、と思い直したらしい。3年次になって再びぼつぼつ学校に姿を見せるようになった。秋にぼくのところに来て、2年がかりになるが、それでも卒論ゼミをやりたいと言った。そしてそのとおり2年間みっちり勉強して、卒論を書きあげた。その主題がクラブとクラブミュージックであったことは、いうまでもない。分量的には20万字におよぶ大作であった。
そんな〈きーにゃん〉なのだが、実家はお寺である。それも、かなり由緒正しいお寺だ。だから結婚式は仏式で気合いの入ったのをやります、という。仏式とは仏教式ということらしい。仏式の結婚式に参加するのは、ぼくはもちろんこれが初めてだ。
神戸の午後は暑かった。気温は30度近くまであがっていただろう。式には、ゼミで一緒だった仲間のなかから〈ヤダ〉〈かおりん〉〈ふーみん〉も参加していた。
式は本堂でおこなわれた。奧半分が舞台のように少し高くなっている。中央に仏壇などがある。両家の親族は、左手に新郎、右手に新婦。定刻1300より少し遅れて始まった。仏壇の両脇に、親族以外の参列者の席がつくられている。座席はすべて指定されていた。
ぼくの席は仏壇に向かって右側の最前列で、司会の坊さんの横である。あとで〈きーにゃん〉が言うには「S席にしときました」とのことだった。おかげで一部始終がよく見えた。生まれて初めて参加する、そしてもしかしたら最後になるかもしれない、本格的な仏式の結婚式である。
いかにも偉いというオーラを発散させつつ、オレンジ色の派手な袈裟をまとったお坊さんが入場してきた。「教授」とよばれていた。キリスト教でいう牧師や神父の役割らしい。最初は仏壇に向かってなにやらお経をあげる。それから、新郎新婦の入場。仏式なので、〈きーにゃん〉は『スターウォーズ』に出てくるアミダラ姫のような恰好をしている。
配布されていた式次第にしたがって式は進行した。いろいろな儀式がつぎつぎとおこなわれてゆく。
キリスト教式でいう指輪交換と同じような儀式もあった。ただし、交換するのは指輪ではなく、お数珠である。お香をくぐらせ、新郎新婦それぞれに教授が数珠をわたし、それを交換するのだ。仏式の結婚式においてきわめて重要な儀式であるという説明が、司会からなされた。司会は、儀式の解説役でもあるようだった。テレビやラジオの中継のようである。
教授からの説教タイムというのもあった。新郎と新婦にたいし、じぶんたちの生があるのは親のおかげであり、先祖のおかげである、だから感謝しなければならない、ということが強調されていた。真言宗の式では一般的な言い方なのかもしれないが、二度三度と強調していたところをみると、あんがい〈きーにゃん〉のご両親の意向が反映されていたのかもしれない。
式の最後に、般若心経を全員で唱和した。式次第には、ちゃんと般若心経のページがあり、ルビまで添えられていた。歌詞カードのようである。さすがに〈きーにゃん〉家の親族関係のみなさんは慣れたもので、ごく自然に大きな声で唱和していた。ぼくは追いかけるのがやっと。
般若心経は一通り唱和し終わると切れ目なくまた頭から反復するものらしい。抑揚をおさえたまま、妙にビートの効いた太鼓のリズムがひたすらくりかえされ、それに乗って唱和する。ラップみたいでもあった。個人的にはそのリズムは、ジャングルビートというか、いわゆるボ・ディドリー・ビートを想起させるものであるように感じられた(ちがうか)。
式は一時間ほどで終了した。そのあとは順次記念撮影がおこなわれた。家族、親族、その他という順である。それから新郎新婦のお召し替え。やがて二人は洋装となって再登場した。本堂にはケータリングによってすでに食事が用意されている。ウエディングケーキもあり、まずは入刀。そのあとは「披露パーティ」と称する食事会が始まった。住職(〈きーにゃん〉のお父上)の説明によれば、式は厳格におこなったが、パーティはぜんぶ〈きーにゃん〉にまかせてあるので、その落差を愉しんでもらいたいとのことであった。
乾杯の音頭はやや若めの(といっても30代だろう)お坊さん。とにかく〈きーにゃん〉家関係者は坊主頭率が高いのだ。その坊さんはいきなり、あえて10分ぐらいしゃべらせてもらいます、とボケる。すぐさま、なげーよ、とツッコミが入る。この呼吸がいかにも関西、と隣で〈ヤダ〉が笑っていた。彼女は埼玉人なのだが、高校時代を大阪で過ごしているのである。
パーティは立食であった。ビンゴやらゲームやらといった、無理やり盛りあげようとするようなイベントもなく、とても気持ちのよい結婚式だった。
夕方に、ぼくと〈ヤダ〉〈かおりん〉〈ふーみん〉の四人は会場をおいとました。いったんそれぞれの宿泊先にもどって普段着に着替えたあと三ノ宮に再集合し、四人で勝手に二次会をひらいた。そして、あらためて〈きーにゃん〉たちの門出を祝ったのだった。
〈きーにゃん〉、おめでとう。どうぞ末永くお幸せに。