What’s Going On のアクチュアリティ

モータウン・ミュージアム(ミシガン州デトロイト、著者撮影)

マーヴィン・ゲイの名曲 What’s Going On が、1960年代後半の公民権運動やベトナム反戦運動の高まりを背景に書かれたことはよく知られている。この曲にはこれまでミュージック・ビデオ(MV)は存在しなかった。曲が発表された1971年当時、MVの製作はまだ一般的ではなかったからだ。ところが、いつのまにか公式ミュージック・ビデオがつくられていたことに気がついた。

MV製作の経緯について、探してみたら、こんな記事が見つかった。

半世紀を経てマーヴィン・ゲイ「What’s Going On」MVが初公開
マーヴィン・ゲイの「What’s Going On」は、発売から半世紀近く経った今尚、人々の心に訴えかける不朽のアンセムとして知られているが、この度モータウン・レコーズは、サバナ・リーフ監督による初のミュージック・ビデオを公開した。

記事によれば、このMVは、これまでMVの存在しなかった名曲を映像化するというユニバーサル・ミュージックによる Never Madeプロジェクトの第一弾なのだそうだ。

ロケ地は、ミシガン州のフリントとデトロイト。ミシガンが選ばれたのは、モータウン発祥の地というだけの理由では、おそらく、ない。差別、貧困、格差、暴力など、ミシガンのかかえる社会問題から、アメリカ全体の問題を照らし出すためだろう。

とりわけ大きく取りあげられているのが、ミシガン州フリントの水道汚染水問題だ。

自動車産業の衰退にともなって著しく市勢が減衰したこの街は、人口に占める黒人比率の高いことでも知られる。そこに、高濃度の鉛で汚染された水道水が広く供給されていたことが発覚し、大問題となった。市の財政緊縮化の一環として水源の切り替えが実施されたのだが、新たな水源であるフリント川の水は腐食性が高く、古い水道管が腐食して鉛が溶け出したのだ。その汚染度は有機廃棄物レベルであったという。だが、その事実は長らく市民に周知されなかった。結果、広範囲に深刻な健康被害を引き起こすことになった。

米ミシガン州フリントの水道危機で初の訴追 - BBCニュース
米ミシガン州フリント市の水道水が高濃度の鉛で汚染されていた問題で、同州司法長官は20日、州環境当局の職員2人と市職員を訴追した。フリント市の水道水問題で行政担当者が訴追されるのは初めて。
鉛の波紋──アメリカ史上最悪の水汚染公害から住民を守った科学者
2015年から深刻な水汚染の被害が起きた米国・ミシガン州フリント。行政が機能しないなか、収まることのないこの問題の解決に立ち上がったのは、環境エンジニアのマーク・エドワーズと学生たち、そして地域住民だった。公害から住民を守るために、すべての都市が、いま学ぶべきこと。

フリント出身の映画監督マイケル・ムーアは自作でこの問題を何度も取りあげ、たんなる行政の不手際というだけでなく、人種差別であると糾弾している。YouTubeには、かれがまとめたビデオがあげられている。マイケル・ジャクソンの They Don’t Care About Us にあわせた6分ほどの作品だ。

さて、What’s Going On の公式MVを撮ったサヴァナ・リーフは、1993年生まれの若い映像作家である。YouTubeの当該ページに掲載された彼女のコメントには、こうある。

「大事なのは、この曲が歴史上の重要な契機のための歴史的な曲だということです。そして、そのメッセージが時代を越えた普遍的なものだということが美しい。それは、ひとの心や、ひととひとの結びつき、合一することについてのメッセージなのです。 わたしの願いは、このミュージック・ビデオをとおしてみんなが思い出してくれること。1971年にマーヴィン・ゲイが投げかけた問いを、いまも問いつづけるのだということを。」

(引用者訳)

このMVが撮られてから1年たった現在、コメント欄には、進行中のBlack Lives Matterの抗議活動とからめたコメントがいくつも書き込まれている。

半世紀前の曲でありながら、What’s Going On はいまもアクチュアルな存在となりえている。それはなにより、聴く者がこの曲を、なんらかの課題に直面するたびに想起し、その時点その時点での文脈に引きつけては読み直し、新たな意味を引きだそうとしてきたからだ。それは同時にこの曲が、そのような読み直しに堪えつづけてきたということでもある。

いかなるタイプの古典も、そのようにしてしか古典になりえない。そうであるがゆえに、古典はつねにアクチュアルな存在なのだ。