ミシガンのクラフトビールたち——海外ビール帖

内田百閒『御馳走帖』に、戦争末期の食糧難のころ、戦争前にたべたうまいものの記憶を書きつらねた話が収められている(「餓鬼道肴蔬目録」)。ぼくも百閒先生をちょっと真似て、いまは容易にのむことのできない海外のビールをとりあげてみたい。

現今ぼくをとりまく状況は、戦時下になぞらえるにはあまりに暢気なものだ。それでもこのとおりの状況のため、今夏に予定していた学会やアメリカ調査が吹っ飛んでしまった。吹っ飛んだのは仕方なしといえども、当地のビールがのめないのは残念である。日本のビールもいいが、海外でのむビールもそれぞれ個性があっておいしい。

アナーバー市のダウンタウンにある某バー(居酒屋)の瓶ビール・メニュー。大半がクラフトビール(ミシガン州)

ミシガンのビールはうまかった。ミシガンにいてよかったことのひとつだ。アメリカは近年クラフトビールがおおいに流行っており、各地にマイクロ・ブリュワリーがある。もちろんミシガンにもある。Wikipedia(英語版)で、ミシガンにおけるブリュワリーのリストという項目をみれば、どれほど多く存在するか、わかっていただけるだろう。

List of breweries in Michigan - Wikipedia

各ブリュワリーはそれぞれ複数の銘柄をだしている。季節限定のものもある。総数はかなりにのぼる。当然ながら、ぼくがのんだことがあるのは、これらのうちのごく一部でしかない。

ふだん自炊していたので、ビールはたいていスーパーで買った。クラフトビールは、缶よりも瓶で売られていることのほうが多かった。標準的な銘柄の6本入りパックで、安いときには10ドルを切るくらいである(税別)。一本あたり200円ほど。クアーズやバドワイザーのような、ナショナル・ブランドの大量生産品よりは若干高いが、差額はそれほど大きくはない。

さて、ぼくがのんだことのあるミシガンのビールを、いくつか紹介しよう。たんにミシガンでのんだ、ということではなく、ミシガンで生産されたクラフトビールである。

この三本の生産者(ブリュワリー)と銘柄は、左からBell’sのThe Oracle (ダブルIPA)、 FoundersのBreakfast Stout, Wolverine StateのMassacre(ダークラガー)。市内の酒屋で、たまたまそこにいた大学院生らしきおにいさんに訊いて、勧められるままに買った。このうち一本だけとんでもなく高価だったような記憶がある(きっと、かれの悪戯だったのだろう)。あいにくどれだったか覚えていない。OracleかMassacreのどちらかであろう(おそらく後者)。

https://www.bellsbeer.com
Founders Brewery - Founders Brewing Company
Welcome to Founders Brewery! We love beer and we love to make it. Home of the delicious All Day IPA and famous for our Barrel-Aged Series. Cheers!
Wolverine State Brewing Company

FoundersのCentennial IPA。アメリカではIPA(インディアン・ペールエール)が大流行だった。銘柄を問わずおいしかった。IPAにはずれなし(いまのところは)。

Arbor Brewing CompanyのBollywood Blonde。オレンジとレモングラスの香りのするブロンド・エールとのことで、かなりフルーティーだった。ボリウッドとは、インドで映画産業が集積するムンバイ(旧ボンベイ)のことだが、それにしても、なぜにボリウッド?

Arbor Brewing Company
We have been a pioneer in the craft beer industry since opening our brewpub in downtown Ann Arbor in 1995. Our commitment to handcrafted beer, exceptional hospi...

おなじくArborのBrune Wild Roots。ひじょうに酸っぱい。日本ではまず見かけないタイプのビールである。Barrel-aged(樽で熟成)なのだそうで、たしかに高価だった。

これもおなじくArborの酸っぱいビール。アナーバーのダウンタウンにあるArborの直営バーで、フロア係のおにいさんに勧められてのんだ。Special Reserveとラベルにあった。栓もスパークリングワインのようだ。お店専用なのかもしれない(未確認)。これも日本でのんだことのない、酸味にあふれるふしぎな味がした。酸味はバルサミコ酢でつけてあるような話だった。

また別の酸っぱいビール、Bell’sのLarry’s Latest Sour Ale。サワー・エールなるものが存在するとは、このときまで知らなかった。酸味のあるビールは総じてフルーティーである。個人的な好みからは、正直はずれている。

Arcadia Alesのスコッチ・エール。ふつうにおいしかった。このブリュワリーは上述のWikipediaのリストには載っていない。昨年(2019年)廃業してしまったようだ。

長くなったので、残りは続編に。