函館の集中講義が終わった。ふつうなら半期かけておこなう15時限分を、四日間で一気に実施する。函館に暮らす学生が、自分たちにとっての函館を描く映像作品を制作した。といってもムービーではなく、スチール写真を組みあわせてつくる。BBCが展開しているCapture Walesにならったやり方だ。
学生たちにすれば、ふだんから住んでいる街は、あまりに自明である。だから「函館」といわれると、最初はついつい「夜景」とか「五稜郭」とか「イカ」といった紋切り型のイメージに頼ってしまう。函館の住人でありながら、じぶんの街のイメージを、東京発信型のステレオタイプに依存して形成しなければならない状況にあるわけだ。そこから脱し、じぶんたちのあたりまえの毎日の生活(それこそ函館という街で営まれている)のなかにこそ、かれらでしか描けないテーマがあることに気づくことができれば、あとはなんとかなる。しかし、それはいうほど容易くはない。みな四苦八苦である。学生たちの多くは議論の仕方もわからないので、最初はまず停止したクルマを後ろから押してあげるようなしかけも必要だ。そうしてようやく議論がまわりはじめる。だが議論を重ねても重ねても、なかなかテーマやストーリーが見えてこない。ぼくも夜の7時8時までは付きあったが、学生たちのなかには夜どおし粘った者も少なくなかったようだ。そこまでしても、テーマ・ストーリーを固めるのが最終日前夜にまでずれこんだチームもあった。かれらは朝までかかって撮影・編集して最終日の上映会にのぞんだ。拙速を覚悟したらしい。「成長」をテーマにしたそのチームの作品は、ところが最終的に受講生の人気投票で第一位に選ばれた。
受講人数の関係で、チームは11できた。したがって、できあがった作品も11あった。「もやし」「寄り道」「母への手紙」「節約」「気づき」「買い物」など、どれもが制作者自身の内側を見つめたなかから生まれてきたという意味で、着眼点も表現方法もユニークだった。そこにはたしかに、かれらの函館がリアルに、そしてユーモラスに描かれていた。そのリアルにたどり着くことがどれほど大変か、かれらは痛感したはずだ。そのようにして手にしたリアルだからこそ見る者の心を打つのだということも。であれば、そこに成長の鍵があるはずである。