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その他の観たり読んだりのアーカイブ

身体をめぐる商品史 展――国立歴史民俗博物館企画展

「身体をめぐる商品史」展を見に行ってきた。場所は佐倉(千葉県)にある国立歴史民俗博物館(歴博)である。

明治以降の近代化のなかで工業化が進み消費文化が成立してくる過程で、いかに身体が再編成されてきたかを史料展示をとおして教えてくれる。

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中心になっているのは、百貨店、石けんやシャンプー、歯磨きなどの衛生用品、竹製のスキーやスケートなどのスポーツ用具、そして化粧品だ。

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海外移住資料館

先日「複製技術と美術家たち」展を見に横浜美術館へいった。そのあと、みなとみらい地区を歩いていて見つけたのがJICA(国際協力機構)横浜の「海外移住資料館」だ。こんな施設があったなんて知らなかった。

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入館は無料。幕末期以降、日本から海外へ移民としてわたった人たちにかんする資料が展示してある。主としてハワイ、北米、中南米が対象である。館内のボランティアの方の説明によれば、ほかの国々にも移民はあるのだが、展示スペースの関係でこうなっているのだという。

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展示内容はかなり充実している。歴史的な経緯から、具体的な生活のようす、戦時下のこと、戦後、そして現在にいたるまでを網羅的に見せる。

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植草甚一スクラップ・ブック展

「植草甚一スクラップブック」展を見にいってきた。会場は世田谷文学館。京王線の芦花公園駅から歩いて5分くらいだ。おもった以上に充実した展示だった。

あとから、まわりの学生たちに訊いてみた。誰も植草さんの名前を知らなかった。まあ、そんなものかもしれない。

今日日、映画やミステリーやポピュラー音楽を語ること自体、なんの憚りもなければ新奇性もないが、植草さんはその先駆者のひとりであり、70年代サブカルチャーのアイコンでもあった。

植草さんは生涯をとおして、じぶんの好きなことを好きなようにやりとおした。──というと、気楽なイメージで受けとられることもあるようだが、実際には、そんな生やさしいものではなく、ずいぶん苦労されたはずである。

というのも、かれが、その不思議おじさん的な風貌も相まって一世を風靡したのは、晩年のわずか十年ほどのことだからだ。それまでの長い期間、一定の敬意を払われる存在であったとはいえ、必ずしも十分に認められていたわけではなかった。かれの時代は、まだ「メイン」の権威がそれなりに効力を発揮していた。「サブ」の文化を語ること自体が、ひとつの挑戦でもあった。──などと書くと、ほんとうに遠い時代のような気がしてくる。いまでは、まったく信じられないことだ。

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今回の展示で目を惹かれたのが、かれのスクラップ帳である。

そこには洋雑誌の切り抜きなどが貼りつけられ、植草さんの覚書が書き込まれている。ます目いっぱいをつかってていねいに書かれた、あの独特の文字で、内容の要約や調べたこと、感想などが記されている。映画を観るときは、フィールドノートのようなメモ帖に、主としてショットのつながり方を記す(感想や印象でないところが良い)。そういうノートを、かれはひとりでコツコツつくりつづけてきたのだ。それは、かれの生活の中心にあった「読む」という行為と対になっているかのようだった。

若い頃のノートの大半は、とくに発表のあてなどないままつくられている。何か特定の実務や実益のためというより、そういうノートづくりの作業そのものが、植草さんなりの「世界」の理解の仕方であり、対し方であり、それゆえに自身の存立にかかわるものだったのだろう。後年つくりあげられるあの独特の文体は、そうした地道な作業の気の遠くなるような蓄積によって支えられていたのだと、あらためて教えられた。

近年、植草さんの本が再刊されたりしており、再評価の動きもあるようだ。それがどういうことなのかは、ぼくにはよくわからない。

それにまた、この手の話題になると、たまに「語る資格があるのは、おれだけだ」みたいな発言がせり出してきたりもする。正直どうもあんまりいい気持ちはしない。

でも、この展示にはそうした妙な色合いはない。行ってよかった。できれば会期中にもう一度見てみたい。

  *一部字句修正・補足(150526)

和田誠展

和田誠展にいってきた。
http://www.tekona.net/event/detail.php?id=5581

会場は芳澤ガーデンギャラリー。歩いて15分ほどである。

市川には亡くなった作家の井上ひさしさんが長く居住していた。その顕彰の一環として、かれとよくコンビを組んでいた和田さんの展覧会がひらかれた、ということらしい。

井上ひさし関連の芝居のポスターや、連載の挿絵、書籍の装幀が展示されている。ポスターは刷りあがったものだけでなく、版下もあわせて展示されていた。写植文字が貼り込まれた台紙の上にトレーシングペーパーがまかれ、そこに赤鉛筆で色指定が細かくなされている。

ぼくも編集者時代には毎日のように見たものなのだが、しかし考えてみれば、最近は版下なるものをほとんど目にすることもなくなったような気がする。デジタル化がすすんだことも関係しているのかもしれない。

井上ひさし関連の展示は全体の1/3ほど。あとは絵本やポスター、装幀などの作品がならぶ。学生時代やライトパブリシテイ社時代の作品も展示してあった。

多種多様な作品が展示してあり、そのひとつひとつに、多種多様な工夫がみられる。たいへん愉しい展覧会であった。

ただ、これでも和田さんの業績のうちの、ごくごくわずかな一部分でしかない。誰かきちんと和田誠の仕事の全体像をとらえるような研究をしたらいいのに。

会期は6月9日まで。また行きたい。

北川貴好フロアランドスケープ展

入試業務の季節となった。そのあいまを縫って、北川貴好フロアランドスケープ展を見てきた。水や植物がモチーフ。その「水」が、「生命の水」的なものではなくて、生活排水であったりするのが、いい。

会場のアサヒアートスクエアにはスタッフに教え子がいる。しばし立ち話をした。

外へでると、よく晴れた隅田川沿いの風景がひろがっていた。観光客が吾妻橋の上から写真を撮っていた。

その光景は、さっきまでいた閉じられた展示空間の「ランドスケープ」と、ぼくの意識のなかでカットバックするみたいに感じられた。

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