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ランクル
死にざま一覧
しばらく前、梅雨のおしまいのころのことだ。大学院時代以来の友人のお父さまが亡くなった。80歳を越え、大往生だった。雨の日曜の夕方に、ランクルを走らせてお通夜にうかがった。大勢の参列者の末席につらなっていると、お坊さんがあらわれ、説教を始めた。
お坊さんは言う。「ひとはいずれ必ず死にます。死にはいくつかの種類がある」。一枚の厚紙をとりだし、あたかもワイドショーの人気司会者のような身ぶりで、それを参列者のほうへ向けた。そこには手書きで、ひとの死にざまがみごとに分類・一覧されていた。
「まず病死ですね。本日の仏さまはこれにあたるでしょう。つぎに事故死」といった調子で、話を続ける。「自死、みずから命を絶ってしまう、これはいけません。そして戦死。これはいまの日本ではあまりないかもしれませんな」
あとからよく思い直してみると、この死にざま一覧表はあくまで話の枕にすぎなかった。本題のほうは、お通夜という儀式はむしろ参列しているわたしたちが残された時間をどう生きるかということを考えなおすためにあるのだ、という、じつにまっとう、かつ実のある説教だったのだ。それに、死にざま一覧表がテレビ番組みたいなフリップで示されるというのも、その友人がテレビの研究をしていることを考えあわせると、まことに興味深い現象だったといわねばなるまい。しかしそのときは、ただただ呆気にとられているだけで、そのうちお経が始まってしまった。
お焼香のあと、座敷に坐っていた。まわりは故人と一緒に踊りを習っていたという妙齢の女性たち。元気である。友人が挨拶にやってきた。これまでいろいろ大変だったろうに、そんなことは一切表に出さず、ただ笑って「来てくれてありがとう」をくりかえしていた。
しばらくして、ぼくたちは席を辞し、再び雨のなかランクルで帰途についた。
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歩き遠足日和
この時期、小学校は歩き遠足と称して近所の公園にやってくる。公園はうちの近くだから、子どもたちはほとんどじぶんの家に帰ってくるようなものなのだが、それでも遠足は遠足、たのしいらしい。《なな》も《くんくん》もウキウキで出かけていった。
午後になって、車検に出していたランクルを受けとるために、ディーラーまで歩いてゆくことにした。江戸川沿いに出ると、小学生たちの隊列に出くわした。ちょうど写真のようなぐあいである(iPhoneで撮影)。市内のほうへ向かうところを見ると、うちの子どもたちの通う小学校とはまた別らしい。歩き遠足日和なのだろうか。
みんないちおう行儀よく二列にならび、通行の妨げにならないように左側に寄って歩く。歩きながら、気持ちは浮かれているのか、がやがやと賑やかだ。
男の子が「うみだー、うみー」と騒ぐ。海ではない。川である。でも、この日はかすかに潮の香りがした。ふだんならそんなことはないのだが。
「せんせー、まだスカイツリーが見えますぅ」と叫ぶ声が聞こえた。途中で折れた鉛筆のような灰白色のシルエットが、川向こうの空の春霞に半ば溶けかかりながら、蕭然とたたずんでいた。
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薪づくり

薪ストーヴのユーザーによる薪づくりの集まりがあった。主催は、わが家に薪ストーヴをつけてくれた,アンデルセンリビングというストーヴ屋さん。場所は、松戸のはずれの梨園である。事情で梨園を廃業したいのだそうで、50本以上ある梨の木をぜんぶ処分してほしいのだという。
前日まで38度の熱があったせいか、なんだかクラクラする。それでも晴天の下でせっせと働く。梨園には、なぜか蚊が一匹もいない。チェンソーでガシガシと木を玉切りにし、それを薪割り機で割る。写真奥に写っているのがその機械で、チェンソーと同じくガソリン駆動。9tの圧力で薪を刃に押しつける。ひとかかえもあるほど太い木でもグワシと割れる。
斧も用意されていた。ぼくもつかわせてもらう。やり方はベテランのひとが教えてくださる。斧を真下に向けて落とすのがコツで、そのために腰を落とさなければならない。さもないと、空振りしたとき刃がじぶんの身体のほうへ飛んでくる。
試しにやってみる。なかなか薪に命中しない。しても、はじき返されてしまう。加速が足りないのだ。怖ごわ振っているので、腕で斧を振り下ろす速度を殺してしまっているのが原因である。思い切ってやってみる。すると、カーンと乾いた音がして、薪が真っ二つに割れた。気持ちいいでしょ? と指南役のベテラン・ユーザーが笑う。調子に乗ってつぎの薪に挑んでみた。刃は薪の縁をかすめて、ぼくの右足のすぐ脇の地面に突き刺さった。ベテランさんの笑顔が凍りつく。
こしらえた薪を、セカンドシートを倒したランクルの荷室いっぱいに積み込み、帰宅。こんどは一家総出で、薪小屋に搬入した。ほかにも工務店さんからももらった薪があり、この季節にしては画期的というべき備蓄量だ。寓話にでてくるアリさんの気持ちが、少しだけわかるような気がした。
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ハロウィーン

昨年のハロウィーンは大学で仮装行列したが、今年はY先生の授業と曜日がズレてしまったので、ぼくは参加できなかった。その代わり、というわけではないが、うちでハロウィーン・カボチャを飾った。
カボチャは、9月に北海道へ行ったときに、道の駅ニセコで見つけたもの。直径23cm。抱えると、よっこらしょと自然に声が出るくらい重い。レジにならんでいたら、前にいたおばさんに、「これ、食べられるの?」と訊ねられた。装飾用で食用にはならないらしい。一個500円。二個買って、ランクルに積んで帰ってきた。ひとつは保育園に届けて、飾ってもらった。
わが家のカボチャはくり抜いて目鼻をつけてやるつもりだったが、堅くてとても無理。けっきょく次男が登校前に紙を切り抜いて貼りつけた。ちょっとロボットふうだ。
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虹に向かって走る

函館でフェリーを降りた。大沼まで来ると、行く手に虹が架かっていた。虹は、片方が山からのぼり、もう片方が海へと落ちていた。八雲あたりまで、濃くなったり薄くなったりしつつ、ずっと見えつづけた。その虹をめがけて R5 をひた走った。
うちを出発してから 19 時間 8 分後、札幌の目的地に到着した。開会まで 2 時間もある。それまで、ひと眠りだ。
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札幌まで陸走
これから札幌まで、ランクルで走ってゆく。
北海道で市民メディア全国集会が開かれる。今度が三回目だというこの大会に(5回目だそうです。お詫びして訂正します。070908)、今回初めて参加してみようと考えていた。
ところが、台風9号だ。ドンピシャのコースとタイミングでやってきた。予約していたフェリーは欠航になってしまった。
こうなったら、もう陸走しかない。若いころは週末北海道クルマ往復旅などという莫迦なこともしたが、この歳になって、1200kmを一昼夜で単独行するはめに陥るとはおもわなかった。
今日が大会初日、各地でワークショップがおこなわれている。二日目は、明日8日午後に札幌で開かれる。そこには、まにあうだろうか。とにかく道中無事でさえあれば、あとは津軽海峡をわたるフェリーの運航状況しだいである。
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会津蒲生岳
会津最奥部、只見町に出かけた。
那須をとおりすぎる。連休中のこととて、落としたアイスクリームに群がるような自家用車で千本松牧場あたりが混雑していることは予想どおりだ。意外だったのは、それにまじって多数の軽排気量改造バイクの集団も見かけたことだった。集団暴走行為系ヤンキーな若人たちも、行くところに行けば健在なのだ。勉強になりました。うら寂しい塩原温泉を抜け、会津田島をすぎるころには、クルマの数はだいぶ減る。那須から100km走ると、只見町だ。
只見は晴れて、ぽかぽかといい陽気だった。桜とカタクリが咲き、木々が芽吹きはじめたばかり。ちょうどひと月前の千葉と同じようすである。
一泊した翌朝も晴れ。近くにある蒲生岳に登ることにする。はっきり計画をたてて来たわけではなかったのだが、こういうこともあろうかと、ランクルの荷室に登山靴を積んできた。ドライブと観光スポット見物と食べ歩きというスタイルは、どうも体質にあわないみたいだ。
蒲生岳は標高882m。低山である。慣れた大人なら片道1時間強で登頂できる。だが数字上の印象とは相違して、実際に登ってみるとなかなか変化に富み、たのしい山歩きができる。なにしろこの蒲生岳は独特の山容を誇る。ちょうど典型的な「お山の絵」のそれのように、きれいな三角錐の格好をしているのだ。地元の説明によれば、登山家田部井淳子氏が「東北のマッターホルン」とよんだというが、それはまァともかく、JR只見線蒲生駅からのメインルートは、それを山頂めざしてほぼ一直線に直登するのである。
登山口であるカタクリ公園──カタクリの群落は見頃をすこし過ぎていた──から山頂まで1100m。登山道はよく整備されている。岩場には階段状にステップが切ってあり、急な箇所にはロープがたらしてある。夫婦松をすぎると樹林帯を抜ける。穏やかな天候に恵まれ、すばらしい展望がひらける。只見の町、水を張った田、只見川とそれに絡みつくように走る只見線、少し先には田子倉湖や只見ダム、残雪の浅草岳。登山道の脇には、木々の芽吹きにまじって木蓮が白い花を咲かせ、足許にはカタクリやイワウチワが風に揺れる。
山頂まであと300mという札に出会うあたりから、登山はいよいよ山場にさしかかる。数カ所、切り立った岩盤をトラバースしなくてはならないのだ。といっても、基本的な技術をもった大人がきちんと歩くのであれば、大きな問題はない。ただこちらは、5歳の《くんくん》を連れている。下で《くんくん》を確保しつつ、鎖場のロープにとりつかせる。三点確保の要領を教えながら、少しずつトラバースし、「難所」をクリアしていく。こうして山頂まで2時間10分かけて到達した。ちなみに標準タイムは登りも下りも90分、往復で180分とされている。
下山時、小学生くらいの女の子をザイルにつないで登っていた夫婦とすれ違ったが、あれくらいの装備をしておくのが本当かもしれない。もっとも民宿の奥さんの話によれば、この蒲生岳、只見の子どもは小学5-6年生になると小学校から登りに行くのだそうだ。だからこの町で成長したほぼすべてのひとは、この山に一度は登る。蒲生岳とは、そういう山なのだ。そのよく手入れされた登山道のようすを見るにつけ、この山が只見のひとびとにどのように愛されているかがよくわかる。
ふたたび2時間かけて下山したのち、只見の町中にある温泉保養センターに行った。湯につかって出てくると、ロビーにいたエプロン姿の中年男性に声をかけられた。こごみのゆでたのを試食してゆけというのだ。聞けば男性はこのセンターの支配人で、蒲生岳の登山の指導員でもあるという。ぼくたちが登ったのは久保登山道コースなのだが、昨年かれらは何度も山にかよって、ブナ林をとおる新コースを開設したのだそうだ。
この支配人氏はなかなかおもしろい人物だった。只見の町や自然をしはじめると止まらない。で、話をしているうちに、かれがそのロビーにおける本務であるところの土産物販売に結びついていく。パンとかお菓子とか山菜などを、いろいろと紹介してくれるのだ。ただし誤解してはならないのは、支配人氏がけっしてこれをたんに物品販売だけを目的とした営業トークとして行っているのではないことだ。むろんそれが職務である以上必要なことではあるのかもしれないが、かれを動かしているのは、そういうものではないのだ。かれは心底この地を愛しており、観光で訪れたひとびとに少しでも只見のすばらしさを知ってもらいたいのである。
その支配人氏から買ったこごみ──山ほどおまけしてもらった──をかかえて、冬季閉鎖が解除されたばかりのR252号線六十里越えをとおって、新潟県小出にで、関越自動車道にのった。上信越道との合流地点から嵐山あたりまで1時間20分ほど渋滞にもまれたのち、帰着した。この間5歳児《くんくん》はずっと助手席にあり、途中20分ばかり昼寝をした以外は、ランクルにとりつけられた安全バーをしっかと握って、これを舵のようにして「運転」しているらしかった。
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青森フェリーターミナル
青森のフェリーターミナルにいる。これからフェリーで函館にわたる。昨年につづき函館で集中講義をしなければならない。今年はランクルで東北道を北上してきた。
秘密兵器は、クルーズコントロール。任意の速度に設定すれば、自動でその速度を保って走行してくれる装置だ。これまでぼくは、うまくつかえたためしがなかったのだが、今回は有効だった。しかし、便利なだけに、つかい方をよくわきまえないと危険である。
道中ずっとNHK-FMラジオを聴いていた。9.11から5年目だが、なぜかNHK-FMはどの番組も懐かしの歌謡曲やフォークソングのオンパレード。南沙織・天地真理から五つの赤い風船からクレイジー・キャッツまで、まあたのしかったけれど、不思議な気持ちがした。
途中、雨が激しくなった。ラジオの音量をオフにすると、雨粒がクルマのボディをたたく音につつまれた。そういえば、雷鳴を録音したカセットをカーステレオで聴きながら、雷雨の東北道を北上したというエッセイが、片岡義男にあった。あれはどのエッセイ集だったか。
青森港に月が浮かんでいる。まもなくフェリーに乗りこむ。
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ややこしいETC
- Aug 18, 2006 20:16
- 日々のエッセイ
ETCの再セットアップをするハメになった。
ETCはたしかに便利だ。有料道路の料金所でいちいち停車する必要がない。無線で通信して、クレジットカードで精算してくれる。小銭を用意する手間もはぶけるし、渋滞緩和にも役立つ。
ぼくがランクルにETCを取り付けたのは三年前のことだ。近所のオートバックスに行き、いちばん安い機器を買って、その場で取り付けてもらった。ただ装着するだけではだめで、セットアップという手続きもしなければならない。ETC装置に挿入する専用クレジットカードも必要だという。なんだかんだで、それなりに手間と費用がかかった記憶がある。
当時は前払い割引制度があり、割引率もよかった。前払いの手続きはネットからできた。けれど昨年末でこの制度は終了してしまった。道路公団の分割民営化や、ハイウェイカードの廃止などが関係していたのだろう。代わりに登場したのがマイレージ割引制度である。ぼくのように、たまにしかクルマに乗らない人間には、ほとんど有効性はない。実質的な割引廃止に近い。しかし、わずかとはいえ利用しない手もなかろうと、割引前払い分を使い切ってしまったのを機に、マイレージサービスへ移行するためのサイトへアクセスしてみた。
ところが、手続きがうまくいかない。何度やってもエラーが出てしまう。「車載器管理番号または車両番号が違います」というメッセージばかり。しかたがないから、電話をかけて訊ねてみた。何度かやりとりした結果、先方がいうには、「セットアップが完了していない」ということだった。それならば、なぜいままで支障なく利用できていたのだ? 訊ねてみても、先方は「こちらはマイレージサービスのことしかわかりません」というばかりで、はっきりしたことは教えてくれない。そもそも「セットアップ」というのが何をセットアップしているのか、よくわからない。まあ、こちらにもなにか落ち度があるのかもしれない。はっきりしているのは、とにかく再びセットアップをしなければならないらしい、ということだけである。しかたがないので、またオートバックスへ行って再セットアップをしてもらった。むろん料金がかかる。
オートバックスのお兄さんの話によれば、ETCの元締めの財団法人は、ETCのために旧道路公団がつくった外郭団体だそうである。「あそこは、ようするに〈お役所〉ですから」だそうだ。なるほど、ETC関係の手続きがややこしく、面倒なわけである。ぼくたちは、料金所をスルーできるというささやかな利便と引き替えに、天下りの受け皿を養わされているということなのだろう。いつの世も、「ちょっと便利」の代償は高くつくのである。
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