東北豪雨を走る

すでに午後8時を過ぎていた。今月就航したばかりという高速フェリーは、途中けっこう揺れながら、1時間遅れて青森に到着した。

市内はさほどでもなかったが、青森道に入ると急に雨脚が強くなった。速度を抑えつつ、小一時間走った。碇ヶ関あたりからは、ワイパーを最速にしなければ視界が確保できないほどだった。秋田県の小坂ICまで来た。ここから先は通行止めだった。「申しわけありませんが、一般道におまわりください」と録音案内放送が憑かれたようにくり返している。雨降りの夜間に一般道で奥羽山脈の峠を越えなければならない。まいったなあ。つぶやいてはみるものの、しかたない。

R282を南に向かって走る。鹿角の先まで来たところで、カーナビが「コノ先、冠水ノタメ通行止メデス」と言いはじめた。ビーコンでVICSの道路情報を受けたのだろう。冠水? どういうことだ? しばらく迷ったが、そのまま先に行ってようすを聞くことにした。きっと災害時には、こうやって被害が拡大するのだ。3kmほど行った交差点に、警察が出て道路を封鎖していた。

雨合羽を着たひとりの警官が近づいてきた。「どこさ、いぐの?」

東京まで帰るのだが、東北道が閉鎖されているので一般道で、まずは盛岡まで出たい。そう説明した。すると、その若い警官は言った。R282はここから先へは進めない。八幡平や大館に抜けるルートも通行止めだ。盛岡へ抜けるなら、十和田湖のほうをまわっていく道しかない。そういって、かれはR103からR104へ抜ける道を教えてくれた。

カーナビをスクロールしてみる。たしかにどのルートも通行止めを示すバッテン印だらけだ。唯一無印の道が、教えてもらったルートである。十和田湖の南麓をトラバースするような道どり──ってことは、山道なのか。

R103は大湯温泉を抜け、ぐいぐいと高度をあげていく。道はところどころ細くなる。灯りはほとんどない。フロントガラスに雨粒が音をたてて打ちつけてくる。巨大なシャワーの蛇口に顔を向けているようだ。風は猛烈である。周囲の木々が烈しく揺れて道路の上に覆い被さる。前後にクルマはいない。時折対向車がやってくる。この山中を踏破してきたとは信じられないほど長大なトラックが、尻に火のついたような勢いで暗闇のなかから現れる。R104に入る。ヘアピンカーブが連続する。ハンドル操作を誤らぬよう、ひとりで「左、ヘアピン」と声をだして確認しながらクリアしてゆく。三戸に入ると、赤色灯を回転させながら走るパトカーに追いついた。救急車を先導していた。

R4に出た。二時間ほどかけて遠回りしたうえに、青森県に逆戻りだ。深夜のR4を八戸道二戸ICへ向けて走る。しかし、八戸道もまた通行止めだった。この先、どこまで高速の通行止めがつづいているのか。カーナビにも先の情報は十分に表示されないので、よくわからない(北上江釣子まで通行止めだったようだ)。

盛岡は100km先だ。北海道と違い、こちらの一般道は、走っても走っても、なかなか進む感覚が得られない。青森を出発して以来ずっと運転しどおしだ。疲労を実感しはじめた。どのみち今日中に市川へ帰れるはずもない。岩手町沼宮内まで来た。道の駅・石神の丘があらわれた。ここにランクルを止め、車中泊することにした。すでに日付は変わり、午前1時を過ぎていた。

目が覚めたら8時半だった。ランクルのまわりは、地元の農家のひとたちの軽トラでいっぱいだった。道の駅で地元野菜の販売をおこなっている。その店開きの準備のようだ。開店時間より少し早かったが、許しを得て店内をのぞかせてもらった。大玉五つ入りのリンゴ(つがる)を一袋買った。

昨夜の秋田が記録的豪雨であり、ひどい災害をもたらしていた。そのことを教えてくれたのは、再びR4を走りはじめた車中でつけたラジオだった。