バレンボイムの『ドン・ジョバンニ』

バレンボイム指揮の『ドン・ジョバンニ』を観てきた。場所は東京文化会館。5万円もするチケットを、じぶんで買えるわけがない。もともと両親が観に行くつもりで購入していたものを、事情で譲ってもらったのだ。

この舞台のオペラとしての批評は適任者にまかせよう。

それにしても、愉しい舞台だった。演出がよく、装置がよく、役者(歌手というべきか)もよかった。なにより興味深かったのは、このオペラの物語の性質である。教養小説以前の物語なのだ。それが証拠に主人公ドン・ジョバンニは、あれほど悪事の数々をし尽くしても一向に改心しない。ゲーテでいえば、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796)ではなくて、『ファウスト』の第一部(1808)のほう。欲望の権化であるドン・ジョバンニは、悪魔と契約したファウストによく似ている。

物語は終盤、俗っぽい教訓で味付けされてはいるものの、それはいかにもとってつけたものに過ぎず、作者も作曲家も指揮者も演出家も役者も観客も、だれも本気には受けとめない。かれらが感得するのは、まるで自己を省みることなく、ひたすら欲望に忠実なドン・ジョバンニの悪事行状に見出される、すがすがしさである。おそらく1787年の初演以来、ずっとそうだったのではあるまいか。歌舞伎と同根である。

ぼくの守備範囲はミュージカルだ。踊ってほしいタイミングでちっとも踊らないオペラは、歯がゆくもあり、おもしろくもあり。