夏のワークショップ

今年も集中講義(芸術メディア論特別演習)がぶじに完了した。毎年書いているように、「講義」と謳ってはいるものの、実質はワークショップである。今年も「なぜ働くのか」というテーマで学生たちが3日間(土日を入れると5日間)議論し、それぞれのグループの考えを上演形式にまとめて発表した。

受講者数64名は、この授業始まって以来の最多記録を更新した。会場となった白金キャンパスのアートホールは真夏の江ノ島海岸みたいな状態だった。同じメディア系列の岡本先生、望月先生と3人で、その熱気のなかで指導にあたった。

学生たちはじつにまじめに課題に向きあい、最後までよく考え抜いてくれた。ぼくの授業はふだんからワークショップ形式のものが多い。だから、その過程でかれらひとりひとりからいろんな話を聴かせてもらう。初めはステレオタイプなことをしゃべっていた学生に、あるとき「じぶんの言葉」で話し始める瞬間が訪れる。そうなると、ひとりひとりがとてもおもしろく深い話を聴かせてくれるのだ。集中講義のばあい、それを数日間に圧縮したような濃密さをもつため、通常の授業とはまた少し趣の異なる部分がある。うまく作用すれば、それが独特の経験をもたらしうる。

昨年度から感じていたことだが、今年の3年生たちは全体として良い意味でまじめで、温かい雰囲気がある。そうした雰囲気を土台にした上で、かれらの資質がより発展的に開花したような5日間となった。

もちろん最終的な発表のクオリティには、グループによって出来不出来はある。だがこの授業でより重視しているのは、そこにいたる過程のほうだ。その過程において、逃げたりごまかしたりせず課題に正面から向きあい考え続けるという姿勢を全うできるかどうかによって、この授業から何をどれだけ学ぶことができるかが決まるような気がしている。

このなかから、じぶんなりの課題を探して卒論として取り組んでみようという気持ちをもった学生たちがあらわれてくれるとうれしい。

そしてもうひとつ特筆しておきたいのは、この授業をスタッフとして支えてくれた4年生たちである。

会場運営と記録との2班にわかれ、ひと月前から丹念に計画をたて、綿密に準備してきた。会場を借りて何度もリハーサルをした。授業期間中は朝早くから夜遅くまで、疲れたという顔も見せずにがんばっていた。

それらはすべて4年生スタッフたちが自発的に進めてくれていたので、ぼくはほとんどまかせっきりだった。受講した3年生のリフレクション・シートには、てきぱき動いて3年生を支えたり、ときには親身に話を聴いてくれたりした4年生の姿に励まされたという記述がいくつも見られた。

その4年生スタッフたちは、たんなるお手伝いではない。かれら自身の得難い勉強の機会でもあることをよく自覚している。かれらも、昨年は受講者としてこの場にいたのだった。今年は一転して運営サイドから参加してみると、受講者の立場にいたときではまったく見えなかったものが見えてくる。そうした経験を糧として、4年生もまたこの期間をとおして大きく成長してくれる。そういう姿を間近で見ていられるのは頼もしくもあり、うれしくもある。

例年であれば、集中講義が終われば前期の授業はさしあたり完了するところだが、今年は3.11の影響もあってそうもいかず、お盆あけにゼミ合宿へ出かけて行く。今度は4年生たちが、じぶんの卒論について話をする番だ。

じぶんの論文のほうは、もうしばらくお預けである。

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