中国・四国ぐるり2900km その5

Wとの道中で出会った風景について。

四国カルストは噂にたがわぬ美しい風景であった。地芳峠から県道383に入って姫鶴台にでると、こんな風景が目に飛び込んでくる。

この道を走ってカルスト台地を横断するのだ。

ちょうどハンカイソウの盛期で、黄色い花を咲かせていた。

駐車場にWをとめて、草原の遊歩道を少しだけ歩いてみた。

カルストの西端、天狗高原に学習館がある。立ち寄ってみた。仕事熱心な係のひとが、わざわざ「説明させてもらいまひょ」と声をかけてくれ、カルストの成り立ちや特徴について教えてくれた。

そのとき併せて、カルスト台地を横断して、坂本龍馬の脱藩の地をとおってから榛原へ抜けるといいとすすめられた。龍馬が土佐を脱藩したときにとおった国境なのだそうだ。

行ってみると、ただの森のなかの道路のまんなかに白線が引かれていた。ここから維新が始まったということをアピールしたいらしかった。

この先、林道をとおった。林道といっても全線舗装の快走路だったが、途中で通行止め。

迂回路である高知県道2に入ると、いきなり狭小路となった。四国の道は、国道でも県道でも、しばしばびっくりするくらいに狭小となる。ディフェンダーだと、お願いだから対向車こないでくれと祈りながら突入するわけだが、W800で旅するぶんにはかえって愉しいくらいである。

四万十川にはいくつも沈下橋がかかっている。口屋内の沈下橋をみにいったら、橋が落ちていた。新しく工事中であった。

足摺岬の灯台近くで見かけた看板。その後、岡山県の山中でだったか、路上で轢かれたイノシシを見かけた。

宿毛へつづくR321は、途中でショートカットする高知県道28と分岐している。その交差点で、たまたま信号待ちで隣にならんだスクーターの高校生に、どっちが早いですかと訊ねた。高校生がていねいに答えてくれているうちに信号がかわり、うしろから来た車にクラクションを鳴らされてしまった。悪いことをした。

佐田岬灯台へは、駐車場から遊歩道という名の山道を1.8km歩かなければならない。実際に歩いてみると、意外に近く感じられた。

遊歩道にカナヘビがいた。

灯台からは、すぐ先に大分県の佐賀関がみえた。

右手の足許には古い桟橋があった。これは現在はつかわれておらず、古い軍事遺跡であるようだった。

また遊歩道の途中には椿山展望台というのがある。展望はいまいち。だがここも軍事遺跡であった。探照灯格納庫が残されていたのだ。豊予水道をにらむこの土地は、かつては4つの砲台を配下にもつ要塞であった。

今治ではポートサイドホテルに泊まった。近くのスーパーへ買い出しにいくというと、自転車を貸してくれた。海辺の町らしくキコキコと音をたてるママチャリである。それに乗って、アーケードを抜けていった。

日曜ということもあったのだろうが、アーケードはシャッターが目立ち、街はしんとしていた。一本裏手に入ると、ちいさな運河が夕闇によどんでいた。どことなく味わいがあり、印象に残る街だった。

その6へつづく。