シンガポール・フライヤーに乗ってきた話のつづき。
ようやく搭乗口へたどり着いた。ところが、行列はおろか、乗客の姿はほぼなかった。
ひとりで乗せてもらえるだろうかと少しばかり期待した。アルバイト学生みたいな係員がやってきて、つぎのゴンドラを待てという。ひとりで乗れないのかと訊くと、すまないがそれはできないという返答。いま来たゴンドラは、ディナーコース用のゴンドラなのだそうだ。
そんなわけで、あとから来たカップルと相乗りとなった。すみませんね。
ゴンドラはむやみやたらに莫迦でかい。ガラス張りの円筒状で、28人乗りだという。ディナーはおろか、がんばれば一家で暮らせそうなくらいの広さだ。その空間に、ぼくも含めて三人しか乗っていない。
浮遊感満点ではある。なにしろ床と天井以外はほぼ全面ガラス張りだ。
おまけに、この観覧車は、自転車でいうスポークの部分は鉄骨ではなく、ワイヤーを張っている。だから回転輪は円周部分だけにフレームがあるように見え、それが浮遊感をいっそう強調している。
率直にいって、怖かった。ジェットコースターなどはさして怖いとおもわないのだが、観覧車の、とくに支柱の見えない側に目を向けると怖いのだ。お漏らししそうになるくらい怖い。
一周30分。ゆっくりといえばゆっくりと、とはいえそれなりの速度でゴンドラは高度をあげてゆく。
西から北にかけては高層ビルが林立している。
東側は住宅地だろうか。住宅といっても大半が中高層の集合住宅だ。チャンギ空港はこのずっと先にある。
そして南は港湾だ。
この観覧車はマリーナ湾に突き出したような場所にある。沖合に無数の船舶が停泊しているのが見える。シンガポールは洋上交通の要衝であり、港はハブとして栄えているという。これらの多くがマラッカ海峡を抜けてきた、もしくはこれから航行する船だろう。
最上部に到達した。南東方向にマリナ・ベイ・サンズ・ホテルが見える。下の写真でゴンドラの左側に見える高層ビルがそれ。
写真では1棟に見えるが、じつは高層ビル3棟からなっている。それら3棟をまたぐようにして屋上のさらに上に巨大な舟盛りの器のようなものが載っかっており、植栽までされている。そこにはレストランや展望台、それにプールまであるそうだ。
公式サイトによれば地上57階で、高さ150m。シンガポール・フライヤーとほぼ同じ高さである。そんな高いところにプールを載っけて泳いだりすることのどこが愉しいのかわからないが、バカ建築の最たるものであるとはいえよう。この手のバカさ加減、ぼくは嫌いではない。つぎに来たら行ってみてもいいかも。
同乗のカップルが話しかけてきた。一見して華人で、かつ軽装なため、てっきりシンガポールのひとかとおもっていたら(華人はシンガポールの人口の7割を占めているそうだ)、ちがっていた。中国の天津から来たという。これまでパックツアーで中国の国内を旅行することが多かったが、今回は初めて個人手配で海外へ来てみた。シンガポール一週間の旅だそうだ。
しばらく英語で話していたのだが、ぼくが東京から来たと知ると、女の子のほうが日本語で話してもいいかといった。愛知県の豊田市に一年間住んでいたことがあるのだという。トヨタの工場で働いていたそうだ。
たしかに彼女の日本語は、教室で勉強したものというよりも、実地に身に付けた言葉という感じで、とてもこなれていた。いまは天津にあるトヨタの工場で働いている。天津もいいところなので、ぜひ来てくださいという。ありがとう、機会があったらぜひ。
帰国して調べてみると、なるほど天津は中国におけるトヨタの一大拠点になっているようだった(出典)。天津にはほかにも多くの日系企業が進出しており、昨年の反日デモのさいでも比較的ひどいことにはならずにすんだらしい。それでもいろいろあったのだろうとおもうのだが、それについて彼女は何も言わなかった。
ぼくの研究室にも中国からの留学生が大学院生として在籍して勉強しているという話をしたら、あたしもアニメ好きですと笑っていた。
そうこうしているうちに30分がすぎ、ゴンドラは再び下降して降車となった。
つづく。