名もなき者たち

ベンヤミンのポルボウを歩く」全4篇を、ようやくすべてアップすることができた。執筆には、おもいのほか時間がかかってしまった。理由は、調べものに少々手間どったからだ。引用の出典の確認である。

ポルボウにあるダニ・カラヴァンの作品「パサージュ──ベンヤミンへのオマージュ」には、ベンヤミンの『歴史の概念について』からとして、日本語であらわせばつぎのような文章が引用されている。

名もなき者たちの記憶に敬意を表することは、有名な者たちや誉め称えられた者たちの記憶に敬意を表するよりもずっと難しい。歴史的な構築は、名もなき者たちの記憶に捧げられているのだ。

現地でこれを見たとき、ちょっと不思議に感じられた。というのも、このフレーズに覚えがなかったからだ。

たんに、ぼくが忘れていただけかもしれない。じぶんの記憶力にはほとんど自信をもっていないので、帰国してから確認しようとおもった。

ところが、帰国後に実際に読みなおしてみると、はたして、このフレーズは同論文中に存在しなかった。

では、いったいこの文章の出典はどこなのか?

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調べをつけるのに手間どったというのは、この出典探しである。しかし、灯台もと暗し。答えはあんがい近いところにあった。ドイツ語の箇所をよく読めばよかったのだ。

この文章は『歴史の概念について』の異稿断片集に含まれていたものであった。今日知られている決定稿ではなく、最終的にはつかわれることがなかった断片のひとつなのだった。

日本語では、ちくま学芸文庫の『ベンヤミン・コレクション7』に収められている浅井健二郎訳で読むことができる。上の引用もそこから(p. 600)。

それにしても、なぜカラヴァンは、ベンヤミンがみずから打ち捨てた文章を、わざわざここに引用したのだろう。しかも、原稿では、引用された文章の後半には抹消線が引かれているという。ベンヤミンにはどんな考えがあったのだろう。

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