高度1万1000メートル。窓の外は一面の星空だった。
クアラルンプールを離陸して二時間後、機はベトナムの東側、南シナ海の上空の飛行していた。
晴れて月も出ていない夜だった。夜空いっぱいに大小の光の粒子がひろがっていた。天の川も見えた。
ふだん地上にいるとき、星空とは見上げるものだ。「天球」という言葉のとおり、上から覆いかぶさってくるように見えるだろう。
ところがこの高さからだと、ちょっとようすが違うのだった。
見上げれば、星空は地上と同様やはり天球をなしている。違うのは、それが手が届きそうなくらいに近いことくらいだ。
少しずつ視線を下げてゆく。水平までくると、主翼の右端についた白色灯が目に入る。地上にいるのなら、星空の範囲はどうやってもここまでだろう。プラネタリウムだって、地平線までなのだし。
高空の星空は違う。水平よりもはるか下までつづいているのだ。空が地球に没する線をすぎても、光の粒子はさらにその下、ほとんど機中のぼくの足元にまで、ひろがっていた。おそらくそれは、南シナ海の洋上で夜間も操業する漁船の群れの灯りだっただろう。
上も下も星々に囲まれていた。星々のなかを飛んでいるような感覚だ。うつくしい。けれど、それだけではない。宙に浮かんで足元がおぼつかないみたいな、いまにも底が抜けてしまうかもという不安や怖さも、そこにはかすかに混入していた。もし宇宙遊泳をしたのなら、こんなふうに感じるのかもしれない。そんな感覚を道連れに、この夜のフライトはつづいた。
台湾沖を過ぎるころには、洋上の灯りは消えてしまった。雲が少し出てきたようだった。船もいなくなったのか。
やがて東の空に蒼に染まりはじめるにつれ、星々のほうも少しずつその姿を消していった。太陽の昇る近くで灯台のように明るく光っていた金星が見えなくなるのも、もうまもなくだ。