夢見る翻訳——映画『ドリーミング村上春樹』

しばらく前のことだが、『ドリーミング村上春樹』を観た。デンマーク人翻訳家メッテ・ホルムさんを追うドキュメンタリー映画だ。60分ほどと短い。作品として成功しているとは言いにくいようにおもうものの、メッテさん自身がたいへん魅力的だった。

村上春樹作品は各国語に翻訳されている。だが多くは英語からの重訳だ。しかも、それらの元となる英語版は、英語圏読者が受け入れやすいように、省略や改変が施されているのだという。

これにたいして、メッテさんは日本語の原著から直接デンマーク語に翻訳している。省略も改変も一切しない。それどころか、こまかな表現のひとつひとつまで、どんな訳語がもっともふさわしいのか、時間をかけて吟味に吟味を重ねる。その姿をあらわすには、誠実という表現だけでは足りない。なにか鬼気迫るものがある。

翻訳という作業のむずかしさは、異なる言語体系のあいだで完全な対応関係が成り立っていないことにある。正解はない。もちろんプロフェッショナルな翻訳家だから、意味をとることはできる。しかし、原語のもつニュアンスや響き、非明示的な含意などのすべてを余すところなく置き換えることはできない。背景知識の有無や深さも、原著の「理解」の度合いに大きくかかわる。翻訳を、ベンヤミン的に、別の言語でもって語りなおすことだと言ってみたところで、その困難さが軽くなるわけではない。むしろ逆だろう。

メッテさんは、翻訳という困難さの森の奥深くへと、わざわざ分け入ってゆく。「完璧な翻訳など存在しない」ことを、毎回思い知らされる。それでも歩をゆるめたり、引き返したりはしない。いつか「完璧な翻訳」にたどり着くことができるという夢を見続けることが、彼女を突き動かしているようにも見える。

作品は、村上春樹的世界を二重の意味で描きだそうとしている。ひとつは、メッテさん自身。彼女がいかにも村上作品的人物として描かれる。内省的で、傷つきやすく不安定で、しかしとてつもない集中力をもっている。それを包摂するのが、インド移民で自身も村上のファンだという監督による村上作品的イメージである。しばしば登場するカエルくんと、テクストを朗読する声、東京の夜景や、神戸の風景など。ただ、ぼくとしては、もう少し翻訳家自身の姿を観ていたかった。

パンフレットが充実している。質の高い文章がならび、読み応えがあり、多くを教えられる。残念なのは誤植が散見されること。きちんと校正者を入れたほうがよいとおもう。

公式サイト

10月19日公開『ドリーミング村上春樹』公式ページ |
村上春樹のデンマーク語の翻訳者、メッテ・ホルム。 20年以上村上春樹の翻訳を手がけるメッテはデビュー小説『風の歌を聴け』の翻訳を手掛ける。 メッテはより村上春樹の世界に近づくため日本を訪れる故郷の芦屋、そして小説で描写されている東京をさまよう。深夜デニーズで読書をするメッテ。首都高速道路3号線。高円寺の公園のジャングル...

トレーラー

Dreaming Murakami

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