緊急事態宣言の発出について、昨夕首相の会見があり、中継を見た。見終わった感想は、これでは一か月での終息はかなり厳しいだろうな、というものだった。
疫学的なことや政策的な事柄については、ぼくの専門ではないので、わからない。あくまで首相の会見のようすを観察しての感想である。
危惧したとおり、会見の内容は感傷的な表現が必要以上に多く、肝心の論点については焦点がぼけまくっていた(官邸にはあまり質の高いスピーチライターがいないものと推察される)。焦点がぼけているとは、論点が多すぎ、あちらにもこちらにも八方美人的にいい顔をしようとするあまり、けっきょく何がいちばん大事なのかが曖昧、ということだ。
緊急事態宣言をだす以上、論点は以下の4つだろう。
- 誰に向かって語りかけているかという対象を明確にする(このばあいは国民、あるいは対象地域の住民)
- いまなぜ緊急事態宣言をださなければならないかという背景状況を事実ベースで示し、このままではどういう問題が生じるか、それによって個々人がどのような不利益を被るかを明確にする(各人が危機感をもち、それを共有する)
- これを回避するための方策として、どんな行動をとってほしいのかを明確にする(3密、みたいな掛け声では曖昧。外出するな、出勤させるな、するとあなた自身が危険だ、とはっきり言うべき)
- それ以外の諸々(経済やら)も気になるだろうが、いまはそれは心配するな
これらの論点は程度の差はあれ、いずれも会見のなかに含まれてはいた。しかし、バラバラに語られたため、埋もれてしまい、相互に結びついていなかった。
まずマズイとおもったのは冒頭だ。医療関係者への感謝みたいな話を延々としていた。それはそれでいいのだが、冒頭いきなりこの話では誰に向けて語っているのかが不明瞭となる。
なぜ緊急事態宣言をだしたのかという説明もはっきりしなかった。
なにより問題だったのは、ひととの接触を8割減らせ(と最初に言ったのちに「最低でも7割」と割引したのもまずかったのだが)といいながら、それを達成するためには個人・企業がどんなふうに行動を変える必要があるのかを明瞭に語らなかった点である。
8割減の科学的根拠の確からしさはぼくにはわからないが、並大抵のことでは実現できないことはわかる。欧米なみの外出自粛・社会的距離戦略をとるとしたら、体感的には、全員が一日の大半を自宅ですごす、くらいのことをしなければ無理だろう。
にもかかわらず、続けて、ロックダウンはしない、企業活動も制約しない、通勤しても大丈夫と、またも首相は強調する。経済活動への影響を小さくしたいということなのだろうが、受けとる側からすれば、混乱するだけだ。背反して受けとられるようなメッセージをひとつの籠に盛ってしまってはダメなのだ、こういうばあいは。これでは、個人・企業のあいだで切迫した危機感を共有することにつながらない。
ほんらいであれば、たとえば、外出自粛と給付金を強く結びつけ、すべての大人に無条件で給付金を配り、その代わり外出せずに自宅にいてほしい、企業も協力してほしい、と要請するべきであった(所得の多寡との調整はあとで確定申告や年末調整でおこなえばいいだけのことだ)。
では、会見の結果はどうだったか。今朝の日経の記事によれば、山手線の乗車率はわずか35%減でしかなかったという。
別の記事によれば、東京都が作成した使用制限施設案について、国が厳しすぎる(=もっとゆるゆるにせよ)と物言いをつけた。都知事は反発するかとおもいきや、日和りつつあるようだ。
対人接触8割減の実現は、ますます遠のいてゆく。
米英のマスメディアの論調はどこも手厳しい。どちらも自国内に、すでに筆舌に尽くしがたい状況をかかえている。そうした国ぐにから見れば、日本の緊急事態宣言は「遅い、緩い、甘い」と中身に乏しく、茶番のように見えるらしい。「これで効果があがるのか?」と実効性を疑問視している。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNN、ガーディアン、ぞれぞれの記事のURLを貼っておく。いずれもいまのところ登録なしでも記事を読むことができる。英語が得意でない方は、見出しや写真を眺めるだけでもいい。
緊急事態宣言の発出は、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染拡大を抑えるために政府が発することのできる最大にして最終の手段だった。だからこそ、その発出にあたっての会見で、首相は最優先すべき事項に焦点を絞り、はっきりとしたメッセージを発するべきだった。しかし危惧したとおり、残念ながら、その機会を十分に活かしたとは評価しにくい結果となった。
このことは、個人・企業のなかに十分な危機感の共有をおこなえなかったという結果につながりうる。そうであれば、自粛は中途半端なものとなり、対人接触8割減の実現などとうてい達成できない公算が高い。8割減が実現できなければ、感染終息は望めないというのが、首相の話だった。だとすれば、首相や政府の目論むような、二週間後にピークアウト、一か月後に終息、という見通しは楽観的にすぎるとおもわれる。
そして、緊急事態宣言という最終兵器をくり出してしまった以上、もう政府には強力な手立ては残されていない。したがって、緊急事態宣言はかなりの確率で、5月6日に解除できず、延長せざるをえなくなるだろう。
以上の見通しはぼくの勝手な感想・予測である。むしろ、はずれてくれることを強く願う。