このところバタバタと忙しい。その一因は、ディフェンダーを購入するため、ランクルを手放すことにしたためでもある。愛機ランクル80(ハチマル)の思い出については別稿を期す。ここでは今回かいま見た中古車買取という、いわく言いがたい鈍色の世界の一端について書き記しておきたい。
新しく買うことにしたディフェンダーは、現在ランドローバーのディーラーでは扱っておらず、並行輸入車(の中古)である。だから今回は、よくあるディーラーでの下取りという方法は最初から選択肢に入らない。買取店に査定してもらうのがよかろうということで、カーセンサーの一括査定というのに申し込んだ。数社まとめて査定してもらえるのだという。クリックした瞬間に、さっそく電話がかかってきた。できるだけメールで連絡してほしいと注記しておいたはずなのだけれど。
ふつうなら値がつかないような年式なのだが、そこはランクル、つぎつぎと出張査定をさせてほしいと連絡が入り、その数11社におよんだ。いくつかだけ選んでお願いするのも変だし、見積もりをとるのは多いほうがよかろうと、時間を調整して、すべての買取店に現車を見てもらった。
研究批評物書き稼業という商売柄、事前にあれこれ調べないと気がすまない性分である。中古車査定にかんしては、調べれば調べるほど、なんともややこしい話が累々と見つかる(むろん事実もあれば風聞もあるだろうが)。査定に来るひとにもいろいろあるようだ。やや重たい気持ちで、事をすすめる。
さいわいなことに、今回うちに来てくれた査定のひとたちで、ちょっと応対に困るような類に該当したのは、ひとりだけだった。あとは、大手も小規模なところも、まあ想定の範囲内。
査定後すぐに値段を出して、熱心にうちのランクルをほしいといってくださるところも、あるにはある。だが、それをするのはたいていベテランらしき中年のおじさんであって、全体からみれば少数派。ほとんどの買取店のばあい、若いお兄さんがやってきて、車を見てから(ろくに見ていないケースも少なくない)、こちらの希望額や他社の提示額をやたらに聞きたがり、そのあとしぶしぶ、本部に照会しますといってケータイやパソコンで何やらやりとりしてから値段を出す。
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中古車買取の世界に君臨する王様は、いまやデータベースである。
中古車の売買取引は本来クリフォード・ギアツいうところのバザール経済的な世界である。新車ならどの個体も均質であることが前提されるが、中古車は新車として世に出て以降の来歴こそが重要である。ひとつとして同じ個体がないという多様性のなかで、査定という行為が重要な意味をもつ。査定は人間の眼によって、知識と経験と長年にわたって培われた勘に依存するという意味できわめて職人的、人間的な技であるはずだ。ところが、どこの世界でも同じように、近年そうした人間的な技術に不可避にともなう多義性は、極力排除される傾向にある。つまり「損」や「失敗」をする可能性をなるべく排除していった結果、すべての指標はたったひとつ、つまり市場取引の過去のデータに収斂してゆくのである。
今日、中古車の買取相場とは、実質的には業者オークションの相場が基準になっており、そこからいくら引いて安全を見るか、あるいは自社の利益を少々削っても他社を制して買い取るか、という判断で決まるらしい。なるべく安く買ってなるべく高く売るのは商売人の基本姿勢だから、それはまあ、よい。ただし価格調整の判断をくだす権限があるのは本部の責任者だけ。派遣されるお兄さんたちはじぶんの判断では何ひとつ決められない。「子どものおつかい」みたいな役まわりである。
それゆえ、査定に来る若いお兄さんたちの台詞は、みごとにワンパターンである。かれらは言う。じぶんが会社に見られているのは台数だけだから、希望額をいってもらえれば会社にかけあいます、と。しかし、そういう言葉を客にむかって述べることが、はたして「客の立場にたつ」ということだろうか。
もっとも、ある種無邪気にそんな言葉を述べてしまえることをもって、それをかれらの個人的な資質のせいにしてはいけないとおもう。そうではなく、中古車買取という世界の問題というべきだろう。責任を与えられなければ絶対に人材は育たないから、かれらは買取会社というシステムの消耗品ということである。査定のお兄さんたちの吐く言葉は、そういう関係のなかで呼び寄せられてくるのだ。ペットが飼い主に似るがごとく、中古車買取の世界は、なにか事故車に似てきてしまっているような気さえする。
さて、そんなわけで、査定のお兄さんたちは、本部とのやりとりをしたのちでさえ煮えきらない。買取価格を明言しなかったり、示しても10万円くらいの幅があったりする。ひどいところは、ちゃんと調べてあとで数字を出しますといったきり、その後連絡が途絶えてしまう。数社あったが、このなかには業界大手チェーン店も複数含まれている。好意的に解釈すれば、古い車なので値段が出せないということだったのかもしれない。いずれにせよ、こちらから断る手間もはぶけたので、おたがい楽だったかもしれない。
かと思えば対照的に、いますぐ売ってくれ、こちらも今週のオークション相場で値段を出しているのだ、とじぶんの都合をたてにやたら強引に迫ってくるところもある。とにかく、いろいろな査定のひとたちと会い、いろいろな話を聞かされた。
思案の結果お願いすることに決めたのは、四駆を専門に扱っている中規模の店。買取専業店というより、中古車販売店の買取部門といったほうがよいかもしれない。買取価格が突出して高かったわけではない。だが他社が海外輸出向けのオークションにかけるという話をするのにたいして、ここは国内需要を中心に考えるという姿勢だった。個人的な感傷としては、うちのランクルには、まだもう少し国内を走っていてもらいたい。そこで、ここにお願いすることにしたのである。
この店は、じつはカーセンサーの一括査定のなかに入っておらず、あとから単発で査定を申し込んだところだった。お店に電話したときの対応はユルく、現れた査定士さんも特別にファミリアだったわけではない。しかし査定はしっかりしていたようで、買取価格の交渉でもあまり面倒な駆け引きはいわず、最初からあるていど妥当な額をはっきり出してくれた。ここに決めたのは、まずまず妥当な判断だった──はずである。