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映画『帰ってきたヒトラー』——大衆迎合主義の「正しい」実践法 1/2

英国は国民投票の結果がEU離脱と出て、日本は参院選の真最中。このタイミングで観にゆくにはうってつけ、かもしれない作品である。

公式サイトはこちら。http://gaga.ne.jp/hitlerisback/

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ドイツ第三帝国崩壊の迫る1945年4月のベルリンで自殺したはずのヒトラーが2014年に転生(タイムスリップ?)する。誤解が誤解をよび、キワモノ泡沫モノマネ芸人としてテレビに登場する。が、ほどなく人びとを魅了してゆく。

ワンアイディアものなのか、あるいはお説教的なのかもと事前には危惧しないでもなかったが(原作は未読です)、いろんな意味でよく練られた良作だった。メッセージは明快で、風刺も効いていながら、しっかり笑わせもする。

ヒトラーが画家志望だったという有名な史実をうまく活かしたギャグなどもあり、とくに中盤までは笑わせる場面が連続する。これも大切なことだ。なにしろ1930年代にも「みんな最初は笑っていた」のだから。

だから観ているその笑顔も、ほどなくひきつることになる。現代によみがえった「ヒトラー」はマスメディアをつかって人心をつかみ、不満と恐怖を梃子にひとびとの「共感」を喚起する。そしてその「共感」はSNSなどで拡散されてゆく。

なおナチスが種々のメディアテクノロジーの活用に熱心だったことはよく知られているが、マスコミュニケーションやメディアにかかわる知もまた、歴史的には宣伝・プロパガンダを推し進める研究として発達してきたという側面がある。

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さて、ぼくが興味深いとおもったのは、そうしたメディア利用の場面ばかりではない。「ヒトラー」がドイツじゅうを行脚して、行く先ざきでひとびとの話を聞く姿だった。それはまさしく、ポピュリズム——大衆迎合主義の「正しい」実践のあり方を地でゆくものだからだ。

まず「ヒトラー」は、市井のひとびとの話にじつに誠実で真摯な態度でもって耳を傾ける。「共感」を媒介にして、ひとびとがいだく不満や不安をうまく引きだす。そうして、それは既存の体制がダメだからだと、明快に一刀両断にしてみせる。そしてその問題にはわたしが責任をもってあたるというような「強いリーダーシップ」でもって相手を「勇気づけ」つつ、自説へと接続してゆくのである。

その話法も興味深い。卑近ではあるがとてもわかりやすい(だが論理的には飛躍がある)比喩をつかってシンプルな図式を示す、既得権益をもっている(あるいはそのように見える)ものを「敵」だと決めつけ徹底的に断罪する、極論を持ちだして怒りや恐怖や不安をかきたてる、いまが非常な危機にあるとやたらに煽る、その一方で押すと引くの機微を見きわめ、そしてなにより、どんなときも自信満々。

「わたしの民主主義では」という言葉を「ヒトラー」は何度も口にする。「わたしの」という語は、「真の」とか「正しい」という語に入れ替えてもいいのだろう、きっと。

その2につづく。