子ねこがやって来た。名前はまだない。
子どもたちは以前から口々に、犬か猫を飼いたいと訴えていた。猫を飼う友人松井貴子さんに相談した。すると数日後、松井さんから連絡が入った。たまたま知人のところで子ねこが生まれ、里親募集中だという。その話を家に持ち帰った。子どもたちは大喜び。カミさんは、子どもたちの世話だけで手一杯だから、と慎重だったが、最後には、子どもたちが世話することを条件に首を縦に振った。
生まれてからいままで面倒を見ておられた高橋さんと杉山さんに連れられて、子ねこは初めて一時間ばかりのドライブののち、市川までやって来た。
生後三カ月足らず。まだ細くて小さい。緑色がかった濃茶だ(写真は杉山さんにいただいたもの)。キャリーバッグから出ると、ミャアといって一目散に本棚目がけて走ってゆき、並べられた本の裏側に空いた空間に身を収め、本の隙間からこちらをのぞき見る。近くで見ると胸がバクバクと鼓動しているのがわかる。初めて来る場所、初めて見る人間。緊張しているのだ。まさに、借りてきた猫。
カミさんもぼくも、動物を飼うのは事実上初めてだ。『はじめてのネコ:飼い方・しつけ方』という本をひととおり読んではみた。だが当人を前にして、どう扱っていいものやら、見当もつかない。慣れるまで、しばらく時間のかかるものらしい。
杉山さんのアドバイスで、とりあえず一室を閉めきって、子ねこを一匹だけにして落ち着かせることにした。ときどきようすを見に行く。最初は本棚から一歩も動かなかったのに、どうやら室内を歩きまわりはじめたようだ。扉があくと、あわてて網戸のところまですっ飛んで逃げてゆく。
高橋さんと杉山さんは、「どうしても合わないようだったら、また引き取りますから」と、ずいぶん名残惜しそうに帰ってゆかれた。子ねこの振る舞いもまた、これまでずいぶんかわいがって育てられたという感じのするものだった。
人間たちの夕食が終わり、片づけが済んだあと、子ねこのようすを見に行った。子ねこは家具の影に隠れていた。用意しておいたキャットフードは、あらかたなくなっていた。抱きかかえて二階に連れてあがると、ミャアミャアと鳴きながら、すぐにキッチン台の陰に隠れた。三男が、保育園で毎日量産している広告紙をくるくると巻いてつくった紙の剣の先を折り曲げて、猫じゃらしのようにかざして振ってみせる。何度かやると、子ねこはつい手が出て、かまう。どっちが猫だか人間の子どもだか、わからないくらいだ。そうして大人も子どもしばらく、子ねこと静かに遊んだ。
翌朝、杉山さんからお電話をいただいた。子ねこはやはりキッチン台の下にいて、ときどきミャアミャアと声をあげながら、三男の猫じゃらしと、静かに戯れていた。
「名前は決まりました?」と杉山さんに訊かれた。いや、それがまだなんです、とぼくが答えた。すると、横で子ねこと遊んでいた三男が口をはさんだ。「決まったよ。「ミャア」」