ヨルダン行きの列車に乗って 4——アンダーグラウンド・レイルロード

People Get Ready の歌詞に登場する「列車」は、まさに列車でなければならないという必然性にもとづいている。そしてそれは、実在の列車のことではなく、想像的な列車であり、重層的なメタファーである。メタファーが1枚だけではなく重層化しているからこそ、それは、それを理解することのできる聴き手にたいして、芳醇かつ鮮明なイメージをもたらすことができる。前回(その3)のさいごに、そう述べた。

ヨルダン行きの列車に乗って 3——なぜ「列車」なのか?
シカゴ・ユニオン駅の地下ホームに入線したアムトラックのウォルバリン号。先頭はGEジェネシスP42DC型ディーゼル機関車(イリノイ州、著者撮影)その2のつづき。前回は、People Get Ready の英語の原詞を日本語に訳してみ...

歌詞の中心に据えられた「列車 train」は、どのような記憶と結びつき、どのようなメタファーとして作用しているのだろうか。

「列車」という言葉が喚起するものは、なによりもまず、北米大陸の黒人たちが集合的にもつ歴史的な記憶である。具体的には、「アンダーグラウンド・レイルロード Underground Railroad (地下鉄道)」に重ねあわせられているのだ。

これもまた、都市を走る実在の地下鉄のことではなく、メタファーであり、隠語である。ここでいうアンダーグラウンド・レイルロードとは、18世紀末に形成され、とくに1820年代から南北戦争前までの期間に活発な活動をみせた地下組織のことだ。その目的は、南部諸州にあった奴隷黒人たちが逃亡し、すでに奴隷制が廃止されていた北部諸州方面へと脱出するのを支援することにあった。この組織には、もともと非奴隷であった自由黒人や南部からの脱出に成功した逃亡黒人、奴隷制廃止論者の白人など、多様な背景をもつひとたちが参加していた。

旧奴隷市場博物館 Old Slave Mart Museum のファサード。この建物は実際に1856年から南北戦争中の1863年まで黒人奴隷の売買につかわれた(チャールストン、サウス・カロライナ州、著者撮影)

その性質上、関係者のあいだでは、符牒として隠語がもちいられた。隠語の多くは鉄道用語から採られていた。

地下組織自体をさすアンダーグラウンド・レイルロードという呼び名は、それ自体が隠語でもあったわけだが、ほかにも「自由列車 Freedom Train」「ゴスペル列車 Gospel Train」などとも言いあらわされた。

People Get Ready の歌詞のなかにも登場する「乗客 passenger」は、逃亡する黒人をさす隠語だった。かれらはまた「貨物 cargo」「積荷 freight」「羊毛織物 fleece」などと呼ばれることもあった。「乗客」のある地点から別の地点まで誘導する者は「車掌 conductor」、「乗客」たちが逃亡中に一時身を隠す場所は「駅 station」、そこの主は「駅長 station master」などといったぐあいである。

いっぽう、奴隷所有者である白人にとって、奴隷黒人は「労働力」であり「財産」であり、ゆえに奴隷の逃亡はみずからの財産の毀損を意味していた。そのため逃亡の阻止をはかるとともに、逃亡者を回収しようと奴隷狩りをおこなった。奴隷黒人にとって、逃亡は文字どおり生死をかけた跳躍だったが、それでも逃亡を企てる黒人は跡を絶たなかった。奴隷という状態は、絶望的なまでに危険で不利な選択をとらざるをえないまでに、残酷であった。

People Get Ready は、「列車」のイメージを媒介として、アンダーグラウンド・レイルロードの記憶と結びついている。そして、アンダーグラウンド・レイルロードのことを知らないというアフリカ系アメリカ人は、現代においてほぼ皆無だろう。かれらにとって、この曲にうたわれる「列車に乗り込む」という表現は、奴隷状態におかれた黒人たちが、その理不尽な差別からまがりなりにも解放されるための唯一の手段、生死をかけた跳躍としてのエスケープ、という強烈なイメージを喚起するものであるだろう。

ひるがえってみれば、ブラック・ミュージックではしばしば「トレイン」という表現が登場する。そのときこの表現は、直接にせよ間接にせよ、意識的であれ無意識的であれ、こうしたアンダーグラウンド・レイルロードの歴史的記憶と結びついている。

その5へつづく。

ヨルダン行きの列車に乗って 5——ヨルダンとはどこか?
People Get Ready の歌詞において中心となっている「列車」のモティーフは、19世紀に実在した奴隷黒人逃亡支援を目的とした地下組織「アンダーグラウンド・レイルロード(地下鉄道)」の記憶と結びついていると前回(その4)にて述べた...