いまやミシガンはすっかり冬だ。だが、ついこのあいだまでは、まだ秋の雰囲気だった。ぼくが最初に来たときは、住宅の庭先に “Welcome Spring!” と記された札がかかげられているのを見たものだった。あれから季節が三つもめぐってしまった。
ミシガンの秋の名物のひとつが、アップルサイダーだ。ミシガンはリンゴの産地なのだ。そしてサイダーといっても炭酸飲料ではない。リンゴの絞り汁である。
アップルサイダーをつくる工場のことをサイダーミルという。アナーバーの近郊にもいくつもある。そこに出かけていって、アップルサイダーとドーナツをたべるのが、このあたりのひとたちの秋の行楽のパターンだという。
サイダーミルは、8月の下旬にオープンして、10月末のハロウィーンまで営業している。秋限定の季節営業である。
デクスター・サイダーミルへ
ぼくがサイダーミルへ行ったのは、シーズンも終わりに近い10月最後の日曜日(29日)だった。場所は、アナーバーの西隣の街デクスター。この街にあるデクスター・サイダーミルは、アナーバー近郊では代表的なところなのだそうである。
サイダーミルのなかには、トウモロコシ畑を適当に刈ってつくった迷路(コーン・メイズ Corn Maze とよばれる)をアトラクションとして併設しているところもあるという。だがデクスターは、わりに折り目ただしく、そうしたアトラクションはやっていないらしい。
曇って寒い午後だった。アナーバー・デクスター・ロードを西へ向かう。沿道の木々はもう紅葉というよりは、かなり葉が散っている。晴れていればなおきれいだっただろう。
デクスター・サイダーミルは川沿いに立っていた。ちいさな駐車場は満杯で、路上駐車だらけ。さいわい出る車があって、そのあとにFitを停められた。
濃い紅色に塗られた木造の建物があった。ミシガンの農家の建物はたいていこの色に塗られている。向かって左手が売店で、右手が工場だ。
アップルサイダーの工程
工程はいたって明瞭のようだった。巨大な木箱に山ほどリンゴが詰められている。これが絞り器にかけられる。
絞りかすは裏手に集められ、カーゴ・トレーラーに積まれる。そしてピックアップに牽かれてどこかへ運ばれてゆく。
売店の列にならぶ
お店の中はお客さんの行列ができており、入口からUの字に列をつくってならんでいた。リンゴジャムやリンゴバターの瓶も売られていたが、ひとりではとてもたべきれないので買わなかった。
奥までいってUターンするところに、牛乳なんかが入るのと同じ形をしたプラスチックの容器がならべられていた。ここにアップルサイダーが詰められている。1ガロン、半ガロン、1パインと三段階で、半ガロンのを買うことにした。これでも1.9リットルほどある。
リンゴを剪定したり絞ったりするのにつかう器具だろうか。
Uターンして戻ってくる途中にはチョコレートアップル(まるのリンゴにチョコレートをかけたもの)がならべられていた。誰がたべるんだろうとおもったが、けっこう買ってゆくひとがいる。
カウンターで接客しているひとたちのなかには、高校生くらいに見える女の子もいた。そういえば店の奥では店番らしき子どもが退屈したように遊んでいた。家族総出で対応している、といったようすだった。
ぼくはアップルサイダーのほか、定番というドーナツを買った。シナモンもあったが、プレーンのほう。1ダースは多すぎるので半ダースにしたが、それでも多い。これから3-4日、毎朝ドーナツだ。あわせて$9。
アップルサイダーとドーナツ
建物の裏手にちいさな川が流れていて、紅葉をながめながら、家族づれやカップルがドーナツをかじっていた。ぼくは写真を撮っただけで、買ったものはアパートまで持ち帰った。
ドーナツは簡素な白い紙袋に入れられていた。砂糖をまぶしたり中にジャムなんかが入ったりしているのではなく、ただ揚げただけ。たべてみたら、素朴な味がした。
アップルサイダーはさっぱりしておいしかった。ラベルには、パスチャライズしていないので雑菌がまじっているかもしれないというようなことが書いてあった。
数日たつと、アップルサイダーは発酵しはじめたのか、かすかに発泡しているようにも感じられた。だからサイダー、——なのかどうかは、わからない。