突然声が枯れた。理由はよくわからない。喉が痛いという症状もほとんどなく、ほかに体調に問題はないので、例の豚インフルエンザというわけでもなさそうだ(学生の一部ではこの言葉を「トンフル」と略すらしい)。授業やゼミでしゃべらないわけにいかない。枯れた声でむりやりしゃべると、もっと枯れる。いまや、かすかすである。
テクスト講読という授業で、いま『限界芸術論』を読んでいる。ちくま学芸文庫版を手にとって何気なくひらく。ちょうど栞や投げ込みのはさんであるページが割れる。するとそこに、紛失したはずのぼくの運転免許証がはさまっているのを発見した。
なぜ、どうして、こんなところに免許証をはさんでしまったのか。記憶をたどっても、まったく思い出せない。先週の大騒ぎはいったい何だったのか。
「先生」愕然としているぼくの横で、学生が淡々という。「どこかで悪用されたりしていないことがわかって、よかったじゃないすか」