東片端にある正文館書店。名古屋に帰省すると必ず立ち寄る。
似た名前のちくさ正文館もいい書店だが、ぼくがよく行くのは東片端にある正文館のほうだ。一時間から二時間ほど滞在してゆっくり棚をみてまわり、気に入った本をひとかかえ買って、古いお屋敷が残る街を歩いて帰る。高校や予備校時代よりも、むしろ大人になってから、とくに子どもが生まれてからのほうがお世話になっている感がある。
ぼくにとって正文館は、たぶん、あらゆる新刊書店のなかでいちばん好きな書店のひとつだ。
もっと個性的な品揃えをしている書店は、東京はいうにおよばず、名古屋にだって存在している。インテリ好みの書店なら神保町へ行けばいい。正文館は、そうした意味でこれといった「個性」があるというタイプの書店ではない。品揃えもまあ普通だし、売り場面積も広くはない。でもぼくがこの書店を好ましいとおもうのは、いまはもうほとんど感得することのできないある気分がいまだ息づいているかに感じられるからである。
そのことは、たとえば文庫の棚が管理のしやすい版元別ではなく、著者別にならべられていたり、ひじょうに充実した児童書コーナーにみてとれるが、それらが直接好ましさの要因であるというわけではない。具体的にどこかどうというより、やはりこの店全体を浸している雰囲気みたいなものが重要なのだ。
とはいえ今回行ってみたら、以前は2階の大半を占めていた人文書のコーナーが大幅に縮小されて奥に押し込められ、手前の大部分は旅行ガイドブックと学参がならべられていた。昨今の出版市場の動向からして、どこの書店も経営的には楽ではないだろうから、残念だけれど、仕方ないことなのかもしれない。
それでも全体としてみれば、店の雰囲気は損なわれていなかった。名古屋へ行くたびにこの書店に寄るというささやかな愉しみを今回も味わうことができ、うれしかった。