ヨルダン行きの列車に乗って 7——基層としての黒人霊歌

ザ・インプレッションズの名曲 People Get Ready の歌詞を、北米における黒人の歴史と文化に即して理解してゆく話その7。前回(その6)はこちら。

ヨルダン行きの列車に乗って 6——「約束の地」ヨルダン川
People Get Ready の歌詞にいう「ヨルダン」とは、国や街ではなく、具体的には「ヨルダン川」のことをさしている。そして「ヨルダン川 River Jordan」とは、先述したアンダーグラウンド・レイルロードの隠語で、オハイオ川 ...

前回(その6)では、歌詞中の列車がなぜヨルダン行きなのかという前々回までの考察を踏まえ、それが旧約聖書においてエジプトを脱出したヘブライ人たちがめざす「約束の地(カナン)」を象徴するヨルダン川から来ていることを確認した。

「ヨルダン(川)」という語は、旧約聖書において「約束の地」をあらわしている。北米の黒人の文脈に即していえば、そこにみずからの境遇が重ねあわせられ、奴隷状態からの解放(自由)のメタファーともなっている。

歌詞におけるこのような語用法は、北米の黒人文化における定形のひとつである。そしてそれは、ブラック・ミュージックやゴスペルに先行する黒人霊歌 (spirituals) から引き継がれているものと考えられる。

たとえば「深き河 Deep River」。古くからうたわれる代表的な黒人霊歌のひとつだ。ここでいう「深き河」とは、ヨルダン川のことである(日本語訳は拙訳、以下同じ)。

Deep river,
My home is over Jordan.
Deep river, Lord,
I want to cross over into campground.

Oh, don’t you want to go,
To the Gospel feast;
That Promised Land,
Where all is peace?

深き河
わが故郷はヨルダンのかなたに
深き河、主よ
渡ってゆきたい 宿営の地へ

ああ、行ってみたくないのかい
福音の宴へ
すべてが平安な、あの約束の地へ

引用者訳

旧約聖書では、深き河=ヨルダン川を渡ると、その向こうが約束の地(カナン)なのだった。そしてこの旧約聖書の出エジプト記にもとづく表面上の歌詞の裏には、奴隷黒人たちの解放への願望が隠されていた。

やはりよく知られた古い黒人霊歌である「漕げよマイケル Michael, Row the Boat Ashore」も同様だ。1950-60年代にピート・シーガーやザ・ハイウェイメンなどフォーク系の白人たちがうたったことでよく知られている歌で、ほかにも多数のカバーがある。だがこの歌は、それらの録音がなされるより100年前の南北戦争のころには、すでに黒人のあいだでうたわれていたという。

ザ・ビーチボーイズによるカバー。15 Big Ones (1976) のための録音だが、けっきょく同アルバムには収録されなかった。のちに Brian Wilson Demos & Rarities vol. 3 (2001) に収められた

英語版Wikipediaによれば、もともと口承でうたわれていたため、題名に揺らぎが見られる。Michael のあとのカンマがなく平叙文になるバージョン、それがRowed と過去形になるもの、Michael Row That Gospel Boat とする例もあるらしい。

歌詞についても同じくさまざまなバージョンが存在する。そのなかから、白人によって採録された最古のバージョンのひとつとされる歌詞を引用してみよう。長いので、「ヨルダン川」が登場する箇所を中心に、一部を抜き書きしたうえで、拙訳を付す。

Michael row de boat ashore, Hallelujah!
Michael boat a gospel boat, Hallelujah!
[…]
Jordan stream is wide and deep.
Jesus stand on t’ oder side.
I wonder if my maussa deh.
My fader gone to unknown land.
[…]
When de riber overflow.
O poor sinner, how you land?
Riber run and darkness comin’.
Sinner row to save your soul.

マイケルの漕ぐボートが岸へ着く、ハレルヤ!
マイケルのボートは福音のボートだ、ハレルヤ!
[略]
ヨルダンの流れは広くて深い
イエスさまは向こう岸に
かあさんもそこにいるかな
とうさんは知らないところへいってしまった
[略]
ヨルダン川が溢れたときは
おお 哀れな罪人よ どうやって陸にあがればいい?
川は流れ、夜の帳が下りてくる
罪人は漕ぐよ おのれの魂を救うために

引用者訳

“fader,” “deh,” “riber” といった見慣れぬ語が散見されるのは、当時の黒人たちの発音をそのまま文字におこして記録したためだとおもわれる(それぞれ father, there, river に相当)。ぼくの知識では理解が追いつかないところがあり、たとえば “maussa” という語の正確な意味は、調べたかぎりでははっきりしなかった。やむなく文脈から判断して「かあさん」と訳してみた。

この歌詞は、文字どおりの意味では、魂がヨルダン川の向こう=約束の地=天国へぶじに渡ることができるよう天使ミカエルに助けてもらうという内容である。キリスト教化された北米の黒人の文脈においては、ここに、奴隷という過酷で不条理な現世的現実からの脱出・解放という願望が重ねあわせられている。この願望は観念的なものだ。かれらにとって、生きているうちに奴隷という状態から逃れられる時がやってくるという考えは非現実的だった。

オハイオ川(左)がミシシッピ川(右の茶色く濁った流れ)に合流する地点を上空から眺める。2本の川は3つの州の州境を構成している。オハイオ川の左がケンタッキー州、ミシシッピ川の右がミズーリ州、2本に挟まれた手前の部分(写真では細長い三角形に見える)がイリノイ州(著者撮影)

それでも、奴隷黒人にとって、その観念的な解放への願望を、現世においてかろうじて具現化できるかもしれない方法が、ほとんどひとつだけあった。雇い主である白人のもとから逃亡し、奴隷州から脱出することだ。

この文脈に照らしたならば、先述したとおり、この「ヨルダン川」はオハイオ川を、「ボート」という乗り物は、黒人逃亡支援地下組織アンダーグラウンド・レイルロードを暗唆することになるだろう。

さらに、「ボート」という移動のための道具(テクノロジー)を「列車」に置き換えれば、たちまち People Get Ready の歌詞世界へと近づいてゆく。

その8へつづく。

ヨルダン行きの列車に乗って 8——ゴスペル版「スタンド・バイ・ミー」
ニューメキシコ州にて(著者撮影)ザ・インプレッションズの名曲 People Get Ready の歌詞を、北米における黒人の歴史と文化に即して理解してゆく話その8。前回(その7)はこちら。ここまで数回にわたって見て...