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今日の風景 Archive

青面金剛

松戸に用ができたので、歩いてゆくことにした。小一時間かかる。

表通りから一本入った住宅地のあいだを抜ける。市川のほかの多くの道と同様、狭くて、自動車ならすれ違いに難儀するが、歩くにはぐあいがいい。さいわい猛暑の日中だったせいか、通行量は少ない。

歩いてこの道をゆくのは初めてだ。徒歩だと微地形がよくわかる。右側は斜面になっていて谷筋。左側は高台の上で平ら。農家があるのは右側のほう。梨農家が店先に幟をだしている。あいにく今日はお休みらしい。

道は市の境界線にもなっている。右手が市川、左が松戸。とうとう右手に市川の尽きるところまで来た。この先は左右どちらも松戸だ。

角に小ぶりの石塔がたち、生花がお供えしてある。正面に「青面金剛」と彫られてあり、庚申塔とわかる。左の側面には「南いち川、西まつど、北金ケさく 道」と彫られている。ここは古代官道以来の道筋なのだという。

道はいまも金ヶ作(松戸市)へつづいている。だがこの少し先からしばらくの区間は、1970年代に実施されたらしい大規模な宅地造成のための区画整理によって、完全に消滅してしまっている。

サマータイム

今月初めのゼミの夏合宿のことだった。時間概念にかんして卒論を書きたいという学生が、発表のなかでサマータイムの説明をしているのを聴いていた。

彼女はいった。サマータイムっていうのは、夏のあいだだけ時計の針を早めることです。たとえば正午のあと午後1時を飛ばして午後2時になる、というふうに。……えっ、そうなのだっけ!?

いうまでもなく、サマータイムとは夏のあいだだけ時刻をくりあげることだ。でも当然のことながら、そのために特定の時刻を省略してしまうという方法が採られるわけはない。単純に一時間なりを早め、たとえば実時刻午後6時を午後5時ということにして、始業や終業の時刻を前にずらすという制度のことですよね。

日本でもじっさいに戦後の数年間だけ実施されたことがあるらしいが、なにしろ西欧とちがって緯度がそれほど高くないので、サマータイムらしい日の長さを実感できるのは札幌以北くらいのものだろう。近年でも思い出したようにサマータイム導入論が唱えられることがある。省エネなど経済効果を期待してのことだろう。日本のばあい、なんでもかんでも「経済効果」なのだ。

それにしても、サマータイムになると午後1時がなくなるという学生の理解は、たしかに勘違いではあるのだけれど、そういう世界を空想してみるのは愉しい。明日からサマータイムだから、当分のあいだ午後1時はこの世から消えてしまう。アナログ時計も、正午を過ぎたあと、短針は(どうやってかは想像できないけど)けっして「1」を指すことなく、「2」へスキップしてしまうのだ。

青パト

青パトの当番で、小学校の学区をひとまわりしてきた。

青パトというのは市が募っているボランティアだ。小学校に配備されている市の公用車(といっても簡素な軽だが)に青色燈を載せて、学区内をパトロールする。子どもの安全というのが目的だが、防犯も兼ねているらしい。

とはいえ、ふた月に一度くらいの割合のせいか、ときどき当番を忘れるひとがいる。今日もそう。もう三年くらいやっているのだが、相方があらわれなかったのは、これで三度目である。ぼくも忘れそうだったので、他人のことをとやかくいえるわけではない。

困ったのは、ひとりではパトロールには出られないことだ。青パトに乗るためにいちおう講習をうけるのだが(これももう二度受けた)、そのとき単独では禁止と厳命されている。そういや、パトカーもひとりじゃ運転していないしなあ。

すると教頭先生が「それじゃあ短い時間しかとれませんが、わたしがご一緒しましょう」といって、助手席に乗ってくださった。じつはこれも二度目。教頭先生はたぶん覚えておられないが、前回も同じように相方があらわれず、一緒にまわったのだった。

そして今回もやはり前と同様、街ではほとんど子どもの姿を見かけなかった。それなりの数の子どもが住んでいるはずなのだが。どこへ行ってしまったのだろう。

島牧からの便り

島牧から「残暑(酷暑)お見舞い」と題するメールをいただいた(ありがとうございました)。

7月末に集中豪雨があり、地下室に浸水してバケツ100杯ぶん汲みだした、とある。ユースのすぐ近く、道の駅「よってけ!島牧」のすぐ脇を流れる千走川(ちはせがわ)は氾濫した。そのさい賀老の滝にあがってゆく道路が流された。いまだ通行止めだという。狩場山の登山口は賀老の滝の奥にあるから、ということは今夏は登れないということだ。

ちなみに狩場山は渡島半島最高峰で、ぼくがもっとも最近登ったのは……と思い出してみるに、2006年の9月だ。あれからもう4年もたつ。そのときのことはこちらに書いたとおりなのだが、行程の7割を《くんくん》を背負って歩いたのだった。いまや《くんくん》は小学3年生となり、こちらは歳相応にくたびれているから、絶対に不可能な芸当である。よくやったなあ、われながら。

さらに思い出してみれば、これまでも災害や工事などで賀老へあがれなかったことは幾度もあった。ぼくが島牧に行きはじめたころは、賀老への道はいまのルートとは違っていた。全線ダートで険しいのだが、そこをオンロードのバイクでガシガシ登っていったのだった。この道は、千走川温泉経由のいまの新道が開通したあと、廃道になってしまったようだ。

狩場山に登れなくとも、島牧には気持ちのよいところがたくさんある。例年のごとく来月になれば函館に行かねばならない。その足で、また島牧へ寄ってみたいとおもう。

写真は昨年9月に歌島高原から島牧村の方角を撮影したもの。いちばん奥にうっすら映った、雲をかぶった巨大な山塊が狩場山で、千走川はその懐から流れでている。9月になると河口あたりでは鮭の遡上する姿が岸からも肉眼でよく見える。

正文館書店

東片端にある正文館書店。名古屋に帰省すると必ず立ち寄る。

似た名前のちくさ正文館もいい書店だが、ぼくがよく行くのは東片端にある正文館のほうだ。一時間から二時間ほど滞在してゆっくり棚をみてまわり、気に入った本をひとかかえ買って、古いお屋敷が残る街を歩いて帰る。高校や予備校時代よりも、むしろ大人になってから、とくに子どもが生まれてからのほうがお世話になっている感がある。

ぼくにとって正文館は、たぶん、あらゆる新刊書店のなかでいちばん好きな書店のひとつだ。

もっと個性的な品揃えをしている書店は、東京はいうにおよばず、名古屋にだって存在している。インテリ好みの書店なら神保町へ行けばいい。正文館は、そうした意味でこれといった「個性」があるというタイプの書店ではない。品揃えもまあ普通だし、売り場面積も広くはない。でもぼくがこの書店を好ましいとおもうのは、いまはもうほとんど感得することのできないある気分がいまだ息づいているかに感じられるからである。

そのことは、たとえば文庫の棚が管理のしやすい版元別ではなく、著者別にならべられていたり、ひじょうに充実した児童書コーナーにみてとれるが、それらが直接好ましさの要因であるというわけではない。具体的にどこかどうというより、やはりこの店全体を浸している雰囲気みたいなものが重要なのだ。

とはいえ今回行ってみたら、以前は2階の大半を占めていた人文書のコーナーが大幅に縮小されて奥に押し込められ、手前の大部分は旅行ガイドブックと学参がならべられていた。昨今の出版市場の動向からして、どこの書店も経営的には楽ではないだろうから、残念だけれど、仕方ないことなのかもしれない。

それでも全体としてみれば、店の雰囲気は損なわれていなかった。名古屋へ行くたびにこの書店に寄るというささやかな愉しみを今回も味わうことができ、うれしかった。

夏空

ゼミ合宿は充実のうちに終了した。それにしても修善寺は暑かった。都内と大差ないほどだった。

最終日は朝からきれいに晴れわたった。夏の空に夏の雲が浮かび、そこから強烈な陽射しが吹き出てくる。日の高さは盛夏のそれだ。だが奇妙なことに、そこには幾分かのもの悲しさが含まれているようにもおもわれた。たしかに夏空なのに、光や風のぐあいに早くも夏の終わりが感じられるような気がしてしまう。

今日の市川は、終日よく風が吹いた。夕方に部活から帰ってきた《みの》が、「なんだか秋みたい」とつぶやいていた。

明日からは白金で恒例の夏期集中講義。土日をはさみ実質5日間のワークショップが始まる。

まぶしい草野球

6年生になったばかりのある日、《なな》は突然、子供会の野球部に入部した。以来ほぼ毎週末、熱心に野球の練習に明け暮れている。その試合があるというので、見にいった。

行く先は、江戸川河口ちかく。巨大なパワーショベルやダンプトラックが整列しているなか、未舗装路を分け入ってゆくと、ふいに視界が開けた。土手の間際に草原がひろがっている。そこが野球場だった。

地域の少年野球関係者が、長年かけてこつこつ整備していたところらしい。きちんとネットを張ってグラウンドを囲ってあるばかりか、単管パイプを組みあわせて、ベンチやネット裏のスコアラー席までが用意されている。

三塁側の、甲子園でいうとアルプススタンドにあたるような場所で、試合を見物させてもらう。かんかんと陽射しが照りつける。乾いた川風が吹き抜け、そのたびにグラインドで巻きあがった土埃が襲来する。外野手が草にスパイクを埋めるようにして守っているすぐ前を、燕が地面すれすれに飛び去ってゆく。

県大会進出が許される6強入りをかけた決戦だった。しかしぼくたちが到着したとき、すでに試合は4回裏。3-7で《なな》たちのチームは負けていた。その後おたがいに点を入れあうが、つねに追う展開。6回表を終わった段階で、6-11。あとは裏の攻撃を残すのみとなった。少年野球のルールということで、試合開始から90分を経過したばあい、その回終了時に同点でなければ、そこで試合終了となるのだという。

5点差あったが、負けていなかった。アウト2つをとられながらも4点を入れ、1点差まで迫った。ぼくたちの横には、隣町の野球部の子たちがいて、大きな声をだして応援していた。しかし、3塁に同点のランナーを残しながら、とうとう力尽きた。10-11。選手の子どもたちは目を真っ赤にして泣いていた。《なな》はずっと控えだったが、最後に整列したときには、やはり泣いていた。

陸にあがった潜水艦

呉に来ている。「てつのくじら館」というミュージアムに行った。海上自衛隊呉史料館というのが正式名称。海自の広報啓蒙施設であり、展示内容は掃海と潜水艦だ。退役した本物の潜水艦あきしおが鎮座し、じっさいに発令所など見学できる。

それにしても、陸にあがった潜水艦はじつに巨大である。そしてその背後には、潜水艦より何倍も巨大な複合商業施設「ゆめタウン」があって、買い物袋をさげた近所のおばちゃんやソフトクリームをなめる女子高生なんかが、ごく当たり前のことのように出入りしている。なんだかものすごい光景である。

スカイアクセス

新型のスカイライナーが、江戸川をはさんで往ったり来たりしている。ゆっくり姿をあらわして橋をわたり、トンネルに消えてゆく。15分もするとまた戻ってくる。そのくりかえし。

先日来、散歩にでるたびにこうした光景をみかける。日暮里と成田空港を最速36分で結ぶというスカイアクセス開業を一カ月後にひかえ、テスト走行をくりかえしているのだろう。北総線の矢切駅は、各停しか停まらないのになぜか島式ホームが2本あり、常時2線が空いている状態である。そこを利用して往復しているものとおもわれる。

現行のスカイライナーは、エアポート特急という位置づけにしては貧相で、そこが京成らしいといえばらしいのだが、新型のほうはどうだろうか。日暮里・成田空港間ノンストップらしいから、あいにく乗車する機会はなさそうだ。当分はながめるだけで、がまんしなければならない。

ウルトラマンエース

散歩コースの途中にウルトラマンエースがいる。いつもベランダに立ち、右手を突きだして律儀にポーズを決めている。

わざわざ遠回りしても、その前を通ってしまう。その姿を眺める。よく見るとからだを鎖で縛りつけられている。《くんくん》が気にしているのは左腕だ。途中で折れてなくなっており、先が錆びている。

そうしてまでここにエースが立ちつづけているのに、どんな謂われがあるのかはわからない。驚き、うれしさ、さびしさ、もの悲しさ、……どれと一言でいい表しきれない気持ちをいだきながら、やっぱり今日も来てしまった。そして、やはり言葉少なにその姿を眺めるだけ眺め、静かに帰途についた。

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